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強引な姉と彼女の事情と⑤
「こんなところで何してんの」
動物性のファーがついたオリーブ色のモッズコートを着た、茶髪の素朴な青年。渉太はその青年に見覚えがあった。姉の小学生の頃からの同級生である|綾瀬彰也《あやせあきなり》くんじゃないだろうか。
渉太が小学校低学年の頃、登下校の時にこの頃から気の強かった姉と喧嘩して、ベソをかいていた時、仲裁に入って取り持ってくれた兄のような存在。
高校からは、確か姉と違う学校へ行き渉太が見掛けることは無くなっていたが……。
成長期を得て多少見た目が変わっていたとしても、優しい雰囲気は変わらない。
「何って見ればわかるでしょ?デートよ。デート。紹介するね、私の新しい彼氏」
「はぁ?」
梨渉は綾瀬くんの腕を振り払うと、隣にいた律仁さんの腕を取り、抱き着くように引き寄せた。梨渉が引き寄せたことで律仁さんの身体が大きく傾くと「ちょっと、梨渉ちゃん⁉」と動揺していた。
渉太もあまりの唐突な出来事に言葉を失い口元を抑える。一方で絢瀬くんは眉間に皺を寄せて呆れたように溜息を吐いていた。
「梨渉、何言ってんだよ。これから俺たちは、お腹の子と一緒に暮らすって決めただろ?それなのに彼氏ってお前、寝言も大概にしろよ」
「寝言なんかじゃないわよ。あんたなんかより律の方が百倍カッコいいんだからっ。私はかっこいい人と結婚して幸せな家庭を築くのが夢だったの。なのに、なんであんたなんかと……」
「そんな顔だけの男捨てられて終わりに決まっているだろ、また合コンで引っ掛けてきた医者の男か?」
すれ違う人たちの目など気にも留めずに梨渉と綾瀬くんの口論が始まる。
その会話の間に聞き捨てならない単語がでてきてタンマを掛けたいところではあったが、隙のない二人の間に入ることが躊躇われた。
今確かに綾瀬くんは、梨渉のお腹に子供がいるようなことを言って来ていた。そんな話は、ここ数日実家にいて両親も話していなかったし初耳だ。一緒に暮らすって……?
普段の姉の恋愛事情など知るはずもないが、情報過多すぎて渉太の中で頭が追いつかない。律仁さんも二人の会話に着いていけずに呆然としていた。
「違うわよ。そんな男と非じゃないくらいカッコいいんだから。この人はなんたって、あのアイドルの浅倉……」
「あああああー……。姉ちゃん。積もる話もあるだろうし場所変えよう。お腹の子ってなに?」
只ならぬ二人のやりとりを傍観していると、梨渉が大声で律仁さんの正体を明かそうとしていて、渉太は慌てて仲裁に入った。
人が疎らにいるこんな場所で律がいるなんて周りに知られたら大騒ぎになりかねない。
すると、日頃渉太の言葉など耳を貸さない姉が、発言の危うさに気づいたのか「ごめん……」と呟いてきた。渉太が安堵の息を漏らすと同時に、綾瀬くんの方からため息が聞こえてくる。
「梨渉、まだ家族に話してなかったのかよ……」
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