286 / 295

強引な姉と彼女の事情と⑧

「部外者の俺が口出すことじゃないかもしれないけど、梨渉ちゃんの本心はどうしたいの?赤ちゃんを産んで綾瀬くんと一緒に育てる覚悟あるの?それとも、まだ独り身で遊んでいたいの?」  律仁さんに呼ばれて顔を上げたかと思えば、彼の問いかけによって黙り込む。 梨渉の中で答えが定まっていないのか返事はなかった。 「遊びたい気持ちがあるなら俺はそんな中途半端な気持ちで梨渉ちゃんには子供を産んで欲しくない」 「ちょっと律仁さん、そんなこと言ったら……」 そんな中絶を促すような発言をして、梨渉の気持ちが変わってしまったらと思うとお腹の子の命も綾瀬くんの気持ちも救われない。冷や汗をかく思いでいると、律仁さんの話は続けられた。 「もちろん、授かった命を軽視しているわけで言っているんじゃないよ。もっと重たく受け止めてほしいから言っているんだ。この世に生まれてきたのに母親に疎まれて愛情を与えて貰えないなんて、子供が不幸になるのが目に見えているから……」  梨渉の顔を見て真剣に訴えている律仁さんの目が一瞬だけ色を失くして荒んだように見えた。 マスク越しじゃ分からないけど、悲しそうな表情を浮かべているようにも思える。 「律仁さん……」  ふと、以前律仁さんは母親とは「お金だけで繋がっているような関係」だと言っていたことを思い出した。もしかして寂しい幼少期を過ごしていたのだろうか。 その時は詳しい事情を聞くことができなかったが、今話している律仁さんの様子から、何処か自身のことと重ねているようにも思えた。 「何が君にとって幸せなのか、ちゃんと考えるべきじゃないかな?梨渉ちゃんは不本意だったって思うかもしれないけど、子供を産むってことは君だけの問題じゃない。もちろん綾瀬くんもだけど、一人の子の命と人生を担っていくことを忘れちゃいけないよ。それくらいの責任感を持って決断してほしいと俺は思うかな」  自分にとっては子供だとかの話はあまり関わってこない遠い話かもしれないけれど、律仁さんの話には胸にくるものがあった。 「律仁さん。私……正直、不安なんです」  すると、今まで黙っていた梨渉が顔を上げる。いつもの気の強そうな瞳がどこか弱々しくて頼りなく見えた。 「彰也との子を産むことに抵抗はないんです……。彰也は、いつも優しくて。自由奔放に遊んできた私のことを呆れもせずに昔から見てくれいた人なんです。だから自暴自棄からの勢いとはいえ、心を許してしまったところもあって……。妊娠を告げた時も、付き合ってもいなかったのに喜んでくれて、真剣にプロポーズしてくれて……。そんな大切な人との子供だから、彼となら一緒に家族になるのも悪くないかなって思ったのは本心なんです……」  あんなに律仁さんにべったりだった梨渉にもちゃんと想い人がいた。一般的である順序ではないかもしれないけど、綾瀬くんの想いを受け取り、答えていたことに安堵する。と同時に今まで律仁さんにべったりだったのは梨渉の内に秘められた不安の表れだったようにも感じた。

ともだちにシェアしよう!