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強引な姉と彼女の事情と⑨

「けれどふとした時に、こんな私に母親が務まるのか不安になる時があって……。そういうとき、すごく逃げたくなるんです。あのときちゃんとしていたら、未来は変わっていたんじゃないかって。そんな気持ちのままこの子を産むなんてこの子に失礼なことも分かっているんです……。だから家族にも言い出せなくて……」 「梨渉。何度も言ったけど俺はお前を支えるつもりでいるし、どんなに辛くても二人で助け合って乗り越える覚悟だってできている。だから一人で抱えないで俺をもっと頼ってよ。梨渉の不安事と俺にも背負わせよ。世界一で梨渉のこともお腹の子のことも愛しているのは俺なんだから」  涙ながらに気持ちを吐露する梨渉を綾瀬くんは優しく抱きすくめた。此方が見ていて目を伏せたくなるほど、二人の間には確かな愛を感じた。 律仁さんは「俺が出る幕じゃなかったね」と呟いていたが、きっと律仁さんが諭さなければ梨渉も気持ちを吐き出すこともなかったし、綾瀬くんも彼女の不安を知ることもなくすれ違ったままの気がした。 注文した料理が届き、お腹を満たせたところで漸く気持ちが落ち着き、冷静になれたのか、梨渉は家に帰ったら今のことを両親にも話すと言ってきた。それを聞いた綾瀬くんも、一緒に行くと大きく息を吐き、決意したところでこの件に関しては一旦解決の糸口を見出すことが出来た。あとはきっと両親次第……。 渉太自身も両親へ内に秘めて話せずにいることがあるだけに姉のことは自然と応援したくなった。 お会計を済ませてお店を出ると、あんなに涙ながらに語っていた後にも拘らず「あーでも、もう少し早かったら律と出会えていたら付き合えてたかなー」と調子よく呟いてきたのを綾瀬くんに叱咤されていた。 相変わらずの姉の切り替えの早さに呆れていると律仁さんの車が近づいてきた所で「ねぇ、そういえば渉太」と姉に声を掛けられて足を止める。 「疑問に思ったけどあんたたちってどういう関係なの?共通の友達で知り合ったにしても、御守り交換し合ってたし、只の友達にしては距離が近いように感じたんだけど……」 「どういうって……」  姉の目を盗んで交換していたつもりだったが、気づかれてしまっていたらしい。あの時律仁さんは嬉しさに感極まってか、頭を撫でる程度で留めてくれたものの、まさに恋人同士のようなやりとりに、傍から見たら距離が近いと思われても不思議じゃない行動だ。 姉になら打ち明けても大丈夫だろうか……。 律仁さんとのことを……。 姉も両親に言えなかったことを弟の俺に打ち明けてくれたのだから……。 「あの、姉ちゃん……」 渉太は大きく深呼吸をすると両手の拳を強く握ると姉と目を合わせる。緊張で息を吸って言葉にするのがやっとで何度も「オレ、オレ」と言っては、その先の言葉が詰まり、次第に目を伏せる。 やはり今は辞めておいた方がいいのではないか、今日は律仁さんも友達としてで、いいと言っていたし、無理に言う必要なんてない。 緊張からなかなか発せられない言葉に撃沈し、諦めモードに突入していると、隣に立っていた律仁さんに優しく背中を押された。

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