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強引な姉と彼女の事情と⑪

「おい、梨渉。そんなこと言ったら渉太くんに失礼だろ。二人は好き合って付き合っているんだから、弟とはいえ、周りがあーだこーだ言う必要はないんじゃないのか」  容赦ない梨渉を宥めるように背中を摩る綾瀬くんだったが、直ぐに払い除けられてしまう。 渉太はそんな姉に終始、苦笑を浮かべることしか出来ずにいると、梨渉に「だって泣き虫の渉太が律にこんなに好かれているなんて信じられない。渉太、あんた相手が律だから付き合っているんでしょ?」と詰め寄られてしまった。 「それは……。俺も律のファンだから、どうしてもファン目線で律仁さんを見てしまう時もあるけど。それ以上に律仁さんの人となりに惹かれた部分もあって……。律仁さんは俺よりも芯のある人で尊敬できて……こんな弱虫だった俺の背中を押して勇気をくれるのが律仁さんで……。たまに意地悪いし、俺が律の番組見ているだけでもヤキモチ焼いてきて呆れることもあるけど……俺の大切な人には変わりなくて……」  律仁さんを色眼鏡で見て好きになったわけではないのだと伝えたいけど、上手く伝えらずに話がまとまらない。 多くの人の憧れで愛されている律だからこそ、そんな彼の恋人である以上、恨み妬まれることは心得ていなければならないこと。 けれど、表面上ではないことだけはせめて、身内の姉には判ってほしい。  自分の胸の内を家族に話す機会などなく、熱くなる目頭を必死に堪えながら言葉を絞り出す。すると、律仁さんに左手首掴まれて引き寄せられると、マスクをずらして露わになった唇に俺の唇が重なった。 「ん……‼」  咄嗟のことに渉太が藻掻いても、腕を強く掴まれて、逃がさぬようにと言わんばかりに、食らいつくようなキスを続けてくる。 横目で見た二人は愕然としていて、梨渉は口元に手を当て驚いていた。次第に濃厚になるキスの気配に慌てたのか、綾瀬くんが梨渉の視界を両手で塞いで隠す。キスの気持ちよさを知っているからこそ、身内の前で変な声を出した姿なんて見られたくない。このまま律仁さんの調子にのまれてしまう危機感を感じた渉太は彼の肩を力一杯押して、唇を引き剥がした。 「ちょ、ちょっと何するんですか⁉ここ何処だと思って、それに姉ちゃんと綾瀬くんが居る前で‼」  二人の顔は勿論、律仁さんの顔すらも真面に見られないくらいに恥ずかしくてその場から逃げ出したい。冬場なのに湯気が出そうなほど顔が熱い。 「いいじゃん。疑われているんだから、俺たちが相思相愛だってところ見せつけてやれば」 「見せつけてって……」 「梨渉ちゃん、律のイメージ壊すみたいで申し訳ないけど。俺、正直渉太以外には優しくないからね?今までは律の建前で接してきたけど、正直俺は君みたいな配慮のない、我の強い子は苦手かな?だから今までの仕返し。俺は全部捧げるつもりでいるくらい、渉太のことが好きだし、普段は泣き虫だけどいざという時はカッコいい彼氏だからね?梨渉ちゃんは綾瀬くんと幸せになるんだから、渉太だってその権利あるでしょ?」  キスが終わったことにより、除けられた手。弟と推しのキス現場を見てしまい、動揺したのか梨渉の瞳が泳いでいた。 そんな彼女に律仁さんは容赦なく悪戯な笑みを浮かべて問い掛ける。 きっと、公共の場でも遠慮なく梨渉に腕を組まれたことがアイドルの律である建前上で強く叱ることができなくて相当、彼なりにストレスだったのだろう。 流石に言いすぎではないかと、良心が痛んだが、渉太の中で今日一日中モヤモヤしていたものが少しだけすっきりしたような気がした。

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