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第3話
リチャードは戸惑った。新部署での初仕事が、自分が今までいた部署の人間といきなり一緒、というのはさすがに気まずい。そのことが表情に表れていたのか、スペンサーは彼の顔を見ながら言った。
「これから事件の概要を説明するが、きみには現場に行く前に寄って欲しいところがあるんだ」
現場に行って元同僚とすぐには顔を合わせにくいだろう、と配慮してワンクッション置いてくれたのだ、とリチャードは気付いて、新しい上司に密かに感謝した。
「まずは事件の話だが、昨晩殺人事件が起きた」
スペンサーは、デスクの上にロンドン近郊の広域地図を広げた。
「場所はここ、テムズ川の南にあるハインズフィールドだ。ここは昔から富裕層が好んで住む土地柄なだけに、広い敷地を持つ家屋敷が多いのはリチャードも知っているな?」
「はい」
「このハインズフィールドにある屋敷で、家主であるフィリップ・アンダーソン氏が何者かに殺害された」
「殺人事件であることに確証はあるのですね?」
「ああ、後頭部を鈍器で一撃されて死亡したようだ。詳細は司法解剖を待たないといけないが、多分それで間違いないと思われる。まさか自分で後頭部は殴打出来ないからな、間違いなく殺人事件だ」
「分かりました」
「話を続ける。発見者は妻であるアマンダ・アンダーソン。朝起きていつものように朝食をとるために階下へ行き、ダイニングホールへ入ったところで異変に気付いた。部屋の中に薔薇の花が撒き散らしてあったのだ。そしてその薔薇の中に埋もれるようにして、当主であるフィリップが倒れて死亡していたそうだ。現在のところ分かっているのはこれだけだ。発見者である妻の事情聴取は、後ほど特別犯罪捜査部のスタッフが、こちらに参考人を同行して来てから行う。後で調書のコピーをこちらに回すように手配してあるので、来たらきみに渡すよ」
「あの……殺人事件なのに、どうしてAACUが関わっているのでしょうか?」
「それは事件に美術品が関わっているかもしれないからなんだ。今言ったが、被害者が死亡していたダイニングホール、ここに撒き散らしてあった薔薇の花が、どうやら見立てのようなんだ」
「見立て……?」
「ダイニングホールには大型の絵画が飾られていて、その絵と薔薇が関係しているらしい。そこで見立て殺人ではないか、という疑いがかかってね。何か捜査の手助けになるかもしれないから、絵に詳しい専門家を寄越してくれ、と特別犯罪捜査部から依頼があったんだ。それでうちが関わることになった」
「そうなんですか」
リチャードは頷いた。AACUはあくまでも警察の一組織でしかない。つまり働いている人間は警察官であり、美術品についてはずぶの素人の集まりだ。そのためアンティークや美術品に詳しい外部の専門家を、コンサルタントとして雇っている。スペンサーはそのコンサルタントのうちの一人と連絡を取るように、リチャードに依頼するつもりなのだろう、と彼は思った。
「先ほど私の方から電話をしておいたのだが、これからきみにはホワイトキャッスル・ギャラリーのオーナーに会って来てもらいたい。被害者はオーナーの顧客で、今回遺体が発見された部屋に飾られていた薔薇の絵も、そのギャラリーで購入したものだそうだ。そこで私が話した事件の概要を簡単に説明した後、現場に連れて行って絵と事件の関連性が何かないか意見を聞いて欲しいんだ。それと、現場にある薔薇の絵が、オーナーが販売した絵と同じ物かどうかも確認して貰いたい。場合によっては贋作とすり替えられていないかどうかまで、詳しく見て貰いたいんだ。ちなみにオーナーはAACUとコンサルタント契約を結んでいるので、事件に関連した事項は何でも話してくれて構わないし、現場に立ち入ってもらっても、勿論構わない。とにかく何かしら事件に関連するような手がかりが見つかれば御の字だからな。それから、これは車の鍵。キーホルダーに車両ナンバーが振ってあるタグが付いているから、地下駐車場に置いてあるその番号の車を、今日から使ってくれ」
「了解しました」
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