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第4話

 リチャードはスペンサーから車のキーを受け取ると部屋を出て、その足で地下駐車場へ向かう。駐車場には一目で警察車両と分かる車だけでなく、一見したところ普通の乗用車と変わらない車両も多く停められている。その中から自分が持っているキーに付けられた番号の車を探すと、一番奥に停められている黒いセダンがそうだった。電子キーのドア開閉ボタンを押すとヘッドライトが点滅したので間違いない。リチャードはドアを開けると車に乗り込んだ。  これから向かうホワイトキャッスル・ギャラリーはロンドン中心部の一等地にあった。この辺りは美術館やギャラリー、大使館などが多く立ち並ぶ瀟洒な区画で、英国王室関係の建物も近所にあり、観光客も多く訪れる場所だ。そんな場所にギャラリーを個人で構えられるとは大したものだ、とリチャードは思っていた。  目的のギャラリーまでは大した距離はないので、普段から交通渋滞が激しいロンドン市内であれば公共交通機関を使った方が早いのだが、ギャラリーのオーナーを連れてテムズ川の南、事件があったハインズフィールドまで行かなければならないため、車を利用するほかない。  リチャードはなるべく裏道を利用しながら、ギャラリーへ向かった。ロンドンは一方通行の道が多いので、慣れていないと車の運転も難しい。リチャードはすでに特別犯罪捜査課時代、普段から車でよく市内を移動していたため、その点は問題がなかった。  幾つかの筋をくねくねと曲がり、一番効率よく辿り着ける方法を考えながら運転を続ける。ロンドンは表通りよりも裏通りの方が歴史を感じられる。一体いつの時代に建てられたのだろう、と思うような古い建物を目の端に見ながら、リチャードは運転を続けた。  裏道や抜け道を使ったので、思ったよりも早くに目的のギャラリーがあるホワイトキャッスルストリートへ着いた。道路の周囲を確認すると、ギャラリー前の道は駐車可能のようだ。もしも道路に二重の黄色い線が引かれていれば、通常は駐車禁止で許可時間の標識が提示されている場合のみ駐車が可能、赤い線が引かれている場合は、いかなる時でも駐車禁止である。ギャラリーの前にはどちらの線も引かれておらず、周囲にも他の駐車不可の標識がなかったので、リチャードはそこへ車を停めた。  ホワイトキャッスル・ギャラリーは、その名の通り外観が真っ白なヴィクトリアン建築の建物だった。周囲は煉瓦色の建物ばかりなので、このギャラリーは一際目立っていた。建物の地上階は大きめに窓を取ってあり、ホワイトキャッスル・ギャラリーと白い洒落た書体で書かれている。その大きな窓の隣にはドアがある。窓も入り口のドアも、どちらも磨りガラスがはめられており、中の様子を外から伺うことが出来ない。  リチャードは躊躇なく、入り口のドアの脇にあるベルを押す。ガチャッと鍵が開く音がしたので、ドアを開けてギャラリーの中に入った。こちらはすでにアポイントメントを取ってある。遠慮する必要はないのだ。  ギャラリーの中も一面真っ白だった。真っ白な壁に真っ白なインテリア。一瞬目が眩む。ゆっくりと周囲を見回すと、壁の絵に意識が向いた。そこに掛けられているのは、中世の古い宗教画ばかりだった。受胎告知を描いているらしい天使とマリアの絵、馬小屋の中にいるマリアと幼子ジーザスを描いた降誕図、マリアが幼いジーザスを抱きかかえている聖母子像。絵の中のマリアは幸せそうに微笑み、小さなジーザスは愛らしく、そして天使達は眩しいばかりの美しさで描かれていた。  部屋の中央には、真っ白な花ばかりが生けられた、大きな白い陶器の花瓶が床に直に置かれており、むせかえるような花の香りで満たされている。その香りは、展示されている宗教画と白い空間にぴったりと合っていた。花の香りに惑わされたかのように、リチャードはまるで自分がどこか知らない空間に放り込まれたような気がして、慌てて周囲を見回す。白の眩しさに目が慣れてくると、このギャラリーはそれほど広いわけではないというのが分かってきた。奥には白いモダンなデザインのデスクが置かれていて、その向こう側に誰かが座っているのが分かる。磨りガラスから入り込んで来る自然光が、丁度その辺りに差し込むせいなのか、リチャードの目にはそのデスクの向こう側にいる人物が、まるで金色の光に包まれた宗教画の天使のように見えていた。

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