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第5話

 きらきらと煌めく光の中にいる彼は、とても華奢な体躯に白い飾り気のないシャツを纏い、ふわりとした茶色の髪の毛、白い肌に榛色の瞳と桜色の唇の持ち主だった。その天使のような少年がじっとリチャードを見つめている。 ――なんて、綺麗なんだ。  リチャードは息を呑んで彼を見つめていた。一体どれくらいの時間が経っていたのか、ふと気付くと、デスクの向こう側の少年は、険のある目付きで睨み付けながら「何か用?」と素っ気なく尋ねた。 ――なっ……  リチャードは答えようとしたが、呆気にとられて口を開いたまま黙り込んでしまった。 「ボケッとしてないで何か言ったらどう?」 「あの、客に対してそういう口のきき方はどうかと思いますけど」 「あんた客じゃないだろう? 金の匂いしないもん」 「え? それどういう……」 ――顔は天使なのに口と態度は超絶悪いな。  リチャードは呆れ返った。  なおも天使はリチャードを値踏みするような目付きで、じろじろと無遠慮に見ながら続ける。 「うちの客はもっと金の匂いをぷんぷんさせてるから、すぐに分かるんだよ。何の用件な訳?」 「オーナーに会いに来たんですけど」 「あんた警察官だろ? ロンドン警視庁から来たの?」  ふんぞり返った態度のでかい天使は、口元に嘲るような笑みを浮かべて言った。 「はい。リチャード・ジョーンズ警部補です」 「今までうちに来てた警察官とは随分タイプが違うよね。叔父さんてば見た目で選んで僕のところに寄越すようにした訳?」 「は? 何のことですか?」  リチャードは訳が分からない、という顔をして言う。天使はおや? と表情を変えた。 「何? 知らないであんたここに来たの?」 「何のことだかさっぱり」  ふはっ、と天使は笑うと面白そうなことが始まったぞ、と言わんばかりにリチャードを見つめた。 「僕の名前はレイモンド・ハーグリーブス。ここは僕のギャラリー。そして僕の叔父さんは、ロンドン警視庁の警視総監ロバート・ハーグリーブス」 「え?!」  リチャードは驚いた表情でレイモンドを見つめる。この目の前の少年が、ギャラリーのオーナーということにもびっくりしたが、それ以上に彼が警視総監の甥であるとは、一言も聞いていなかったので更に驚いた。 「あの……じゃここのオーナーってきみ?」  一応確認までに、とリチャードは尋ねてみる。レイは馬鹿にしたような目付きで答えた。 「あのね、僕もう二十四歳の立派な大人だよ。あんた見た目で判断しただろ? そんなんでよく警察官勤まるね」  レイモンドにきつい一発をお見舞いされて、リチャードは何も言い返せなかった。確かにきちんと聞かずに、自分の勝手な推測で彼のことをまだ若い少年のように思ったのは迂闊だった。何でも見たままの材料で当て推量するのではなく、実際に確実な証拠を得てから判断するのが警察官のやり方だ。初歩がなってない、と言われたようで恥ずかしくなる。  しかも目の前のこの少年のような形をした青年は、自分と四歳しか違わないとは。リチャードは次から次へと思いも寄らないことが起きて、思考がついて行けなくなりつつあった。 「叔父さんも持ち玉なくなったみたいだね。いつもは見た目も中身もなってない奴らばっかり寄越してたから、見た目がいいあんたにはちょっと期待したんだけど。中身は他の奴らとまったく一緒じゃないか」  天使は毒を吐くと、つまらなそうに溜息をついた。 「すいません……見た目で判断したのは私の至らないミスです……」  リチャードは素直に自分の判断ミスを謝った。思い込みによるミスはどんな場面であっても命取りになる可能性がある、ということをリチャードは嫌というほど現場での仕事で身に沁みて分かっているつもりだった。 「ふうん、いつもの奴と違って素直だね。いつもここに来る警察官は、上から物言うばっかりの全然使えない人間でさ。僕のこと子供だと勘違いして、偉そうな態度で命令することしか脳がなかったんだよね。それに比べたらあんた顔もスタイルもいいし、なかなか素直じゃん」 ――その言い方……棘があるだろ……  リチャードは年下にいいように言われ、内心忸怩たるものがあったが、我慢して黙って聞いていた。まったく新部署に配属された初日から、こんなことになるとは思ってもみなかった。

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