10 / 42

第10話

 2.  リチャードの運転する車は順調に進み、ハインズフィールドに到着した。この辺りまで来ると、一軒家と言っても規模が違う。敷地の周囲をぐるりと木々が囲み、その中に家と言うよりも館と呼んだ方が相応しいような大きな屋敷が建っている。その屋敷の前には高級車が何台も停まり、この地域に住む人々の生活の豊かさ具合を表わしていた。 「確かこの辺りだと思うんですが……」  リチャードはナビのオフにしてあった音声をオンにする。彼はあまりナビが好きではないので、普段は使わないことが多いのだ。機械的な女性の声が「目的地に到着しました」と告げている。画面上では進行方向右側の屋敷が目的地になっていた。 「この家みたいですね」  車を敷地内に乗り入れると、屋敷の前に、何台か警察車両が駐車してあるのが目に入る。ここで間違いないようだ。リチャードは車を停車させた。 「自分で降りられるから」  レイはそう言うと、さっさと自分で助手席のドアを開けて降車した。どうやら来る時に、リチャードが助手席のドアを彼のために開けてあげたことが、気に入らなかったらしい。リチャードも降りるとドアを電子キーでロックする。レイは周囲を見回して「大きな屋敷だね」と言った。 「ここには来たことはないんですか?」 「来たことないよ。今まで呼ばれたことないし。とは言え、呼ばれたって来たいと思わないけどね」  それはそうだろう、とリチャードは思った。何度もレイに非常識なリクエストをしてきた人間の家に足を踏み入れるなんて、それこそ飛んで火に入るなんとやら、だ。彼が呼ばれなかったのは幸いだったのかもしれない。  ドアの前に制服警官が立っている。リチャードは彼の前まで行くと「AACUのジョーンズ警部補です」と名乗りIDカードを見せる。 「ご苦労様です。特捜の担当官とAACUのお二人が中でお待ちです」  制服警官はそう言うと、ドアを二人のために開けてくれた。  スペンサー警部から連絡がいっていたようで、彼らはレイとリチャードの到着を待っていたらしい。  入ってすぐのホールはだだっ広く、がらんとしていた。二階まで吹き抜けになっており、正面には階段があって二階へ続いている。天井からは大型のシャンデリアが吊下がっていた。右手に入ったところにある部屋から人の声が聞こえてくる。どうやらそこに同僚たちがいるらしい。レイとリチャードはそちらに行ってみた。 「リチャード、遅かったじゃないか」 「ハワード、きみが担当なのか」  部屋に入るとすぐにリチャードの姿を認めて、一人の男性が近寄ってくる。リチャードの元同僚だったハワード・フォークナー巡査部長だった。  リチャードとは、同じぐらいの時期に特別犯罪捜査部に配属されたので、同期と言っても良かったが、リチャードの方がずっと早くに昇進して今では階級差がついている。  リチャードと同い年の彼は、ダークブラウンの短髪で、すらりとした体躯にカジュアルな服装が良く似合っていた。常に自信に溢れた表情をしており、溌剌とした印象を周囲に与える人物だった。  特別犯罪捜査部時代、本来であれば一緒に働く仲間たちの筈なのに、周囲の同僚が敵ばかりのような状態だったリチャードにとって、唯一心を許せたのがハワードだった。 「遅かったのは、可愛い子ちゃんとデートだったからか?」  ハワードはリチャードの後ろに立っていたレイを見て、ニヤニヤしながらそう言った。 「ハワード、そういう失礼なことを言うなよ。彼はハーグリーブス警視総監の甥御さんだぞ」 「は? まじかよ?!」  ハワードはレイをまじまじと見つめると「し、失礼しました」と慌てて言った。  レイは何もそれについては答えず、淡々と自己紹介をする。 「AACUのコンサルタントをしている、レイモンド・ハーグリーブスです」 「特別犯罪捜査部のハワード・フォークナー巡査部長です!」とハワードは言って最敬礼した。 「おい、リチャード、ハーグリーブス警視総監の甥がAACUのコンサルタントしてるなんて、聞いてないぞ」  ハワードはリチャードを壁際に引っ張って行くと、小声でそう言う。 「俺だって今朝知ったばかりだよ。大体AACUが署内の他の連中の興味の対象になったことなんて、一度だってないだろう? 俺たちが知らないことの方が圧倒的に多いんだよ。警視総監の甥がコンサルタントやってるってことだけじゃなくて、きっとまだまだびっくりするようなことが色々あるに違いないんだ」 「だけど、お前確かヘンドン(MET警察学校の通称名)時代の同期生がAACUにいるんだろう?」 「ああ、セーラ……ここに来てないのか?」  リチャードは部屋の中を見回すが、それらしい姿はない。 「ホプキンス巡査部長だったら、参考人聴取のために俺の部下と一緒に署に戻ったぞ」 「そうか。セーラとは同期生だけど、ここ何年も忙しくてゆっくり話したこともないよ。特に彼女がAACUに移ってからは」  リチャードはそう言うと、懐かしい顔を思い出そうとした。だが思い出せるのは警察学校時代の若かった頃の面影だけだった。  卒業後、リチャードは希望通り特別犯罪捜査部へ配属され、それこそ昼も夜もないぐらい多忙な日々を送っていた。セーラは児童虐待部の専門捜査官をしばらく務めていたが、3年前にAACUに移った。直接彼女に話を聞く機会もなく、何故移ったのか、リチャードに理由は分からなかった。

ともだちにシェアしよう!