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第13話
リチャードはレイと同じように『薔薇の宴』を見上げる。レイのギャラリーのポートフォリオで見せて貰ったものと同じ絵だ。あの時は小さすぎてよく見えなかった部分が、もう少しよく見える。
赤い薔薇に埋もれて溺れそうになりながら、恍惚の表情を浮かべる人々、そして、それを見つめる狂ったローマ皇帝。
「彼は本当に他殺なの?」
「え?」
「自分で『薔薇の宴』を再現したんじゃないの?」
「どういうことですか?」
「例えば、薔薇を載せた幕を天井近くに張っておいて、自分の上に落とした、とか」
そう言ってレイは天井に目を遣った。リチャードもつられて上を見上げる。
「でも、そうだとすれば幕はどこへ行ったのでしょうか? それにフィリップ氏の死因は、後頭部への鈍器状の物による殴打が原因だと聞いています」
「幕の上に鈍器を載せて置いて、ジジイが幕を自分の上に落としたとしたら?」
「じゃあ自殺の可能性があるということですか?」
「そういう考え方もある、ってこと。警察はいつも通り一遍の見方しかしないだろ?」
「……はあ、すみません」
「リチャード、謝ってばっかり。僕が今言ったのはあくまでも可能性の問題だから。大体自分の後頭部に丁度当たるように鈍器を幕の上に載せて、更に落とすとなると、相当難しいと思うんだけど」
「確かにそうですが、レイが言いたいのは他殺という見方でのみ捜査するのは危険だ、ということですよね?」
「まあね。それでどうなの? 警察は誰が犯人だと思ってるの?」
「まだ容疑者は特定していないようです。……だよな、ハワード」
側で黙って二人のやり取りを見ていたハワードは頷いた。
「そこの庭への出入り口が開いていたんだ」
ハワードは暖炉のすぐ近くにある、庭に通じる観音開きのフレンチウィンドウと呼ばれる全面ガラスタイプのドアを指さした。
「外から侵入者があった可能性も否定出来ないのか?」
「ああ。被害者が発見された時、フレンチウィンドウは閉まっていたが、鍵は開いていた。犯人がそこから出入りした可能性は十分にある。外はここ数日晴天が続いていたのと、普段から家族や使用人が庭との出入りに頻繁に使っていたため、明確な靴底痕は見つかっていない。だから今のところ、家の中の人間が犯人なのか、外部から何者かが侵入したのかは不明だ」
「でも、もしも外部からの侵入者が犯人だとすれば、被害者の顔見知りだろうな」
リチャードがハワードに言った。
「それは同感だ。じゃなきゃ背後から一撃は無理だろうな。いくら相手がジジイでも、正面から向かっていたら、抵抗されてお互いに防御痕がつく。だが被害者には一切そういう傷がなかった。知っていて安心している間柄だからこそ犯人に背を向けられたんだ。その油断した一瞬にこう、だろう」
そう言って、ハワードは何かを振り下ろすような手真似をする。
「凶器は見つかったのか?」
「いや、まだだ。もう少ししたら後発のチームが到着するから、屋敷内をすべて捜索する」
「この屋敷内には、凶器になりそうな美術品がごまんとあるから、その中のどれかかもしれないな」
リチャードは周囲を見回す。この部屋も他と同じく調度品があちらこちらに置かれている。その中には丁度凶器になりそうな大理石の置物や、銅製の彫刻などがあった。
「俺もそう思うよ。血痕を拭き取った後、その辺に置いておけば分からないからな」
だが拭き取ったくらいでは、血液の痕跡を無くすことは不可能である。それが分かっているので二人とも焦る様子はなかった。
「もうここに見るものはなさそうだな。庭に温室があるという話だが」
「ああ、薔薇専用の温室があるんだ。多分この家の庭師がいるだろうから、少し話を聞いたらどうだ?」
「そうさせて貰うよ」
三人はバリアテープを回り込むようにして、フレンチウィンドウまで辿り着くと、そこから外へ出た。
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