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第15話
「ハワード、温室の中の捜索は?」
「鑑識が一応入ったが何も見つけられなかった」
「そうか。だがダイニングホールの薔薇は間違いなく、ここから持ち込まれたものなんだな?」
「ああ、あの庭師に見て貰ったが、ここにあった薔薇に間違いないそうだ。……屋敷に行けば家政婦と執事に話が聞けると思うが、どうする?」
「聞いておきたいな」
そう言ってからリチャードは振り返ると、レイに向かって尋ねた。
「執事と家政婦の話を聞いておきたいのですが、レイはどうしますか?」
「僕も同席していいの?」
「もちろんです。スペンサー警部からコンサルタントはオフリミットだ、と許可を得ています」
「それなら一緒に話を聞かせて」
今までの不機嫌な様子がなくなり、レイは快活な表情でそう答えた。
それを見たハワードがリチャードの耳元で囁く。
「リチャード、お前上手いことやってるな」
「どういう意味だよ、ハワード」
「そういう意味だよ。役得だよなあ」
「え?」
「いいの、いいの。俺お前のそういうところ好きだから」
「はあ?」
ハワードは陽気な表情でリチャードに「家政婦は多分キッチンにいる筈」と言い、二人を伴って、庭から屋敷の裏側に回り込んだ。
屋敷の裏側には小さな勝手口があり、そこを入るとキッチンになっていた。屋敷の雰囲気から、リチャードは何となく古めかしいカントリースタイルのキッチンを想像していたのだが、入ってみるとモダンなインテリアの近代的で使いやすそうなスタイルだったので、随分外観と差があるな、と驚いた。
どこかレストランの厨房を思わせるような、シルバーのステンレスを主体とした無機質なキッチンの中に家政婦はいた。どうにも身の置き場所がない、と言いたげに、ぼんやりとスツールに腰掛けている。
白髪交じりの黒い髪をぎゅっと後ろで一つに括り、薄い青のブラウスと紺色の膝丈のスカートを着ている。その顔は疲れ果てて表情がなかった。
ハワードが「家政婦のドロシー・ヤングさんだ」とリチャードに告げる。
リチャードは、疲れ果てた顔の初老の女性の苗字がヤング(若い)と言うのは皮肉だな、と思っていた。
「ロンドン警視庁から来ましたジョーンズ警部補です。事件について少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
リチャードが入り口を入ったところで声を掛けると、ぼおっとしていた家政婦が顔を上げた。彼女の焦げ茶色の瞳は焦点が合っておらず、ぼんやりとしている。
リチャードは一瞬、どこかで以前に会ったことがあっただろうか? と妙な既視感を覚えた。だが考えても思い出せない。
「……あの、何かご用でしょうか?」
リチャードの問いかけをまったく聞いていなかったようで、彼女はおずおずとそう尋ねた。
「お疲れのようですね。お茶でも飲みませんか?」
リチャードはそう言うと中に入り込んで、キッチンカウンター上に置いてある電気ケトルに水を入れスイッチをオンにした。
「あの、お客様にそんなことさせる訳にはいきません。私がやりますから……」
慌ててドロシーが立ち上がるのを、リチャードは制して「いいから、座ってて下さい」とカウンターの上の収納戸棚を幾つか開けて、マグと紅茶を探し出す。
「私も紅茶貰いますね。レイ、ハワード、きみたちはどうする?」
「俺、貰うわ。実は朝から何にも口に入れてないんだよ。チーフに電話で叩き起こされて、こっちに直行したから」
「僕も紅茶頂戴」
リチャードは手際よく四人分の紅茶を淹れる。まずはマグに紅茶のティバッグを入れると、沸騰したお湯を入れ、しばらく蒸らす。充分に蒸らした後、今度はスプーンの背でぎゅっとティバッグをマグに押しつけて、水分を出し切ってから取り出した。
「ドロシーさん、ミルクとお砂糖はどうされますか?」
「あの、両方入れて下さい。砂糖はスプーン一杯分です」
「分かりました。レイはミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ入れて。砂糖はいらない」
リチャードは冷蔵庫を開けて、ドアポケットからミルクを取り出す。
「リチャード、俺には聞いてくれないの?」
ハワードが拗ねたような声でリチャードに言う。
「お前の好みは聞かなくても、もう知ってるから」
リチャードはそう言うと、ミルクの蓋を開け、どぼどぼとマグに入れた。
「そうそう、俺のはミルク多めね」
ハワードは嬉しそうに、リチャードからマグを受け取った。
「ハワードはお子様だからな」
「うわ、何それ、ひどいなリチャード」
リチャードは聞き流すと、マグをドロシーに手渡す。
「ありがとうございます……」
ショックを隠しきれない様子の家政婦は、俯いて渡された紅茶をすすった。
「レイ、熱いから気をつけて」
「ありがとう、リチャード」
リチャードはレイにもマグを渡す。その様子を見てハワードが口を挟んだ。
「レイモンドくんにだけ、気を遣うんだな」
「お前に気を遣ったって仕方ないだろう?」
「なにその冷たい言い方。俺拗ねるよ?」
「どうぞ、ご勝手に」
リチャードはそう言ってカウンターに寄りかかると、紅茶を美味しそうに口にする。
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