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第17話

「ハワード、図書室はどこだ?」 「屋敷の玄関ホールを挟んで向こう側の突き当たり。何か分かったことはあるのか?」 「いや、何も。あの絵と現場の関係性が全然見えてこない。執事が何か知ってるといいんだが」  キッチンの隣は収納庫になっており、そのまた隣がダイニングホールだった。その前を通り、先ほどいた広間を過ぎると玄関ホール、そして更に廊下が続いていて何部屋かあったが、その一番奥の部屋が図書室だった。  ハワードがドアをノックすると「どうぞ」と中から声がする。どうやら執事がいるらしい。  ドアを開けて中に入る。それほど大きな部屋ではなかったが、窓以外は全て書籍が詰まった本棚がぐるりと巡らされている。 その窓際に、マホガニー製の重厚なアンティークの大きな両袖机が置かれていて、白髪頭の初老の老人が入り口の方を向いて座っていた。 「先ほどはどうも。同僚が話を聞きたいとの事なので、ご協力をお願いします」  ハワードがそう言うと、白髪頭の執事は立ち上がった。 「どうもご苦労様です。執事のフランク・フレッチャーです」 「ジョーンズ警部補です。こちらはコンサルタントのハーグリーブスさんです」  フランクは愛想良く笑みを浮かべ、二人と握手をして挨拶を交わす。 「何をお話すれば、よろしいのでしょうか?」 「昨晩から今朝、事件が発覚するまでの行動を教えて頂けますか?」 「分かりました。どうぞそちらのソファにお座り下さい。私も座らせて貰いますから。もう年なもので、長時間立っているのは少々辛いんですよ」  フランクは、部屋の真ん中に置かれていたワインレッドのソファセットを手で指し示す。リチャードとレイは大きめのソファに、ハワードは一人掛け用の椅子に腰を下ろした。それを見てからフランクも自分の椅子に落ち着くと、一つ一つ思い出すように話し始める。 「昨晩はいつもと同じように、10時半に屋敷内の戸締まりを全て確認しまして、三階にある自室へ上がりました。いつも11時にはベッドに入るんです。今朝は6時に起きまして、身支度を整えた後、旦那様を起こしに二階のお部屋に参りましたが、旦那様はおられませんでした。たまに朝早く目が覚めてキッチンでお茶を飲んでいる時もありますので、今朝もそうかと思いキッチンへ行こうと階段を降りていましたら、奥様の悲鳴が聞こえたんでございます」 「奥さんはいつも何時に起床されるのですか?」 「7時ちょっと前でしょうか。大体いつも7時にダイニングホールでご朝食を召し上がられています。それで、声がしたのがダイニングホールでしたので、そちらに急いで参りましたら、暖炉の前に薔薇が床一杯に広げられていまして、その中に奥様が座り込んで泣いておられました。一体何が起きたのか分からず呆然としていましたら、奥様が私を見て救急車を早く呼ぶように、と。最初奥様が具合が悪いのか、それともお怪我をなさったのかと思いました。もしそうなら手助けした方が良いのでは、と迷っていましたら、奥様が旦那様が倒れているから早く、とおっしゃって、その時に初めて薔薇の中に旦那様がうつ伏せに倒れているのを見たのでございます」 「昨晩、何か人が争う音などは聞きませんでしたか?」 「いいえ、まったく。私の部屋は三階ですから、一階の物音は聞こえません」 「そうですか。あのダイニングホールに掛かっている薔薇の絵について、何かご存知の事はありませんか?」 「あの大きな絵でございますか? さあ……私は絵については疎いもので、詳しい事は何も分かりません。旦那様は美術品がお好きで随分購入されておいででしたが、私は何も勉強しておりませんので、お屋敷に置いてある物を見ても、ああ綺麗だな、と思うくらいでして。一応旦那様から管理を任されておりましたので、何が屋敷内にあるかは把握しておりますが、それに関しての専門的な知識は何もございません。お恥ずかしい限りですが」 「フランクさんは、こちらにいらして長いのですか?」 「20年ほどになりますでしょうか? 前のお屋敷のご主人が亡くなった後、跡継ぎがいなかったのでお屋敷がトラスト団体に譲渡されてしまい、行き先がなくなった折りに拾って頂いたのでございます。こうなってしまっては、もう私も年ですし隠居の身かな、と思っておりますよ」  フランクはすらすらとリチャードの質問に答えた。リチャードは一通りメモを書き終えると「今のところ以上で結構です。ありがとうございました」と言って立ち上がった。 「お役に立てましたでしょうか? 早く犯人が捕まると良いのですが」 「また何かお尋ねする事があるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」  リチャードがそう言うとフランクは「分かりました」と頷いた。 「フランクさん、これからまだ捜査員が来ますので、お屋敷は離れないようにお願いしますね」  ハワードが部屋を出る前にそう念押しする。主人が殺され、妻と息子が警察署に行っている間、この執事がこの屋敷の責任者となっているらしい。

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