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第18話
三人は図書室を出て、玄関ホールで立ち止まる。
「リチャードはオフィスに戻るんだろう?」
ハワードがリチャードにそう尋ねる。
「いや、その前にレイをギャラリーに送り届けないと。今日のところはここで絵と現場を見ることだけが彼の仕事だったから」
「いいなあ、レイモンドくんとドライブデートか。俺が代わりたいところだよ」
「遠慮します」
「うわ、やっぱり俺嫌われてるよね? そんなにリチャードの方がいい?」
「リチャードはそういう不躾な発言しませんから」
「は、はっきり言うなあ……」
ハワードは苦笑してリチャードの顔を見た。リチャードは我関せずといった表情で黙っている。
「確かにお前、昔からもてたもんな」
「ハワード、お目当ての子を落とす時は、態度と口には気を付けた方がいいぞ」
「肝に銘じておくよ。じゃ、もうそろそろ後発のチームが到着する頃だから、その前にドロシーさんに何か食べ物でも貰ってくるわ。もう俺腹減って死にそうだし。何か新しい情報分かったら連絡入れるよ」
そう言うと、ハワードはせかせかと廊下をキッチンに向かって歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を眺めて、リチャードはそう言えばランチタイムもとうに過ぎていたな、と気付いた。
「レイ、帰り際にどこかでランチして行きませんか? あなたの意見もゆっくり聞いてみたいですし」
「いいよ。幹線道路沿いにパブが何軒かあったから、そこでいいんじゃない?」
英国でパブと言えば、パブリックハウスの略で、一般にはアルコールを提供する店の事である。だが英国人の間では、パブはアルコールだけでなく、簡単な軽食を気楽に取ることが出来る場所としても知られていた。提供される食事は主に伝統的な英国料理であり、子供から大人まで幅広い年齢層の客が食事時には訪れる。
近頃では英国料理だけでなく、ガストロパブと呼ばれる少し高級な凝った料理を出す店や、タイ料理やスペインのタパス料理、本格インドカレーなど変わり種を出す店も増えてきていた。だがどのパブでも変わらないのは、敷居の低さと値段の安さだ。
二人は屋敷を出ると車に乗り込む。リチャードは車を発進させると、ロンドン方面へと車を向かわせた。
しばらく車を走らせると進行方向左手に、茅葺き屋根のパブが見えた。春先の花がこんもりと植えられた、ハンギングバスケットが軒先にずらりと吊下がっている。いかにも田舎によくある典型的なタイプのカントリーパブだった。
「ここでいいですか?」
「僕はどこでも構わないよ」
レイの返答を聞いて、リチャードはハンドルをゆっくりと左に切る。パブの裏手に駐車場があった。ランチ時間からは少しずれていたが、それでもまあまあの数の車が停まっている。丁度良さそうなところを見つけると車を駐車して、二人はパブへ入った。
パブの中は外観から想像出来る通りの、居心地の良さそうな雰囲気のカントリーインテリアのパブだった。客はほとんどが地元の顔なじみの人間ばかりらしく、賑やかに歓談しながら酒と食事を楽しんでいた。
リチャードは入り口に置いてあったメニューを二枚手に取るとレイに一枚渡し、もう一枚は自分で目を通す。食事も伝統的な英国料理がメインだった。
「レイは何にしますか?」
「うーん、そうだな、スカンピにしようかな」
スカンピというのはテナガエビの身をぶつ切りにして、油で揚げてあるものである。それにチップスと呼ばれるじゃが芋をスライスして、揚げたものが添えられて出てくる。
リチャードは店内をぐるりと見て、一番奥の窓際のテーブル席が空いてるのを見つけると「レイ、良さそうな席が空いています」と声をかけてそちらへ行った。そしてジャケットを脱いで椅子の背にかけ、テーブルに振られた番号を確認する。
パブで食事を注文する際には、飲み物を注文する時と同じカウンターで、先払いで頼まなければならない。その際にテーブルに振られている番号が必要になるのだ。オーダーした料理は、出来上がるとスタッフがテーブルまで運んできてくれる。
「私が注文してきます。飲み物はどうしますか?」
「僕、水でいい」
「スティル(炭酸なし)とスパークリング(炭酸あり)どちらがいいですか?」
「スティルにして」
「分かりました。オーダーしてきますね」
リチャードはそう言うと、カウンターへ向かう。その後ろ姿をレイは黙って見つめていた。
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