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第20話
3.
翌日の朝、リチャードはレイを助手席に乗せ、再びハインズフィールドへ向かって運転していた。
前日、レイをギャラリーへ送り届けた後、リチャードは署に戻るとスペンサー警部に事の次第を報告した。スペンサーは満足そうにリチャードの報告を聞くと「今日はもう帰宅していいが、明日の朝はレイモンドくんをギャラリーからピックアップして、そのままハインズフィールドへ行って欲しい。もう一度現場を見るのと、妻と息子から話を聞いてくれ。それから、今日は無理だったようだから、明日は必ずレイモンドくんに、あの家の絵が彼が売った物なのかどうかを確認をして貰うように」と言った。
リチャードはセーラに会えるかと期待していたのだが、聴取を終えたフィリップ・アンダーソンの妻と息子を自宅へ送り届けるため、入れ替わりにハインズフィールドへ向かっており、結局会うことが出来なかった。
リチャードは残念に思ったが、どうせこれから同じチームで働くのだから、いつかは会えるだろう、と気楽に構えていた。
それよりも驚いたのは、スペンサー警部のレイへの信頼度の高さだ。確かにこの5年の間、AACUのコンサルタントとしてレイが少なからぬ働きをしてきたのは分かるが、本職の警官並みに頼りにしているようにすら見える。リチャードは警察官として、そんな様子に少し疑問を抱いていた。やはり警視総監の甥という立場が、彼をそこまで信頼させるのだろうか?
「リチャード、今日はあんまり喋らないんだね」
レイがつまらなそうに言う。昨日が初対面だったと言うのに、彼はすっかり打ち解けた様子である。それに対してリチャードは、スペンサー警部がまるでレイを信奉しているかのような様子を見て、少し冷めた目で彼を見るようになっていた。
「昨日のことのようになっては困りますから、運転に集中しているんです」
リチャードは正面を向いたまま言った。言い訳じみている、と自分でも分かっていたが、そう思う気持ちはどうしようもなかった。レイに対して八つ当たりしているような気にもなったが、何かまずいことを言ってしまうよりは黙っていた方がいい。リチャードはそう思っていた。
「そう」
レイはそんなリチャードの気持ちを分かっていたのかどうか、短くそう返答すると窓側を向いて黙り込んだ。
そのまま車内の沈黙を保ったまま、車はハインズフィールドへ到着した。
敷地内に前日と同じように車を乗り入れる。今朝は車の数が少ない。鑑識の捜査も屋敷内の捜索も終了したため、もう警察がここにいる必要はないのだ。現在では被害者の周辺の人間関係などの調査に焦点は移っている。昨日玄関前に張り番していた制服警官の姿も、今朝はもうなかった。
二人は車を降りると、敷き詰められた砂利の上を歩き正面玄関へ向かう。リチャードが玄関脇のドアベルを押した。しばらくするとドアが開いて、中から昨日話を聞いた白髪頭の執事が顔を出した。
「おはようございます。奥様と息子さんに話を聞きたいと思って来たのですが」
リチャードがそう言うと執事は一瞬おや、と言う顔をしたが、すぐに「どうぞ、お入り下さい」と二人を迎え入れた。
「あの、すでに警察の方がいらして奥様とお話しておられるのですが……」
執事のフランクがリチャードの方を見てそう言う。リチャードは執事が一瞬戸惑ったのはそのせいだったか、と分かった。
「では同席させて貰います。案内して頂けますか?」
何度も質問を繰り返されると、訊かれる方も段々と嫌気が差して、話してくれるものも話してくれなくなる可能性がある。リチャードはそれを恐れて、同席させてもらうことにした。
執事のフランクの案内で、昨日も通された広間へ向かう。フランクがノックすると「どうぞ」と中から女性の声がした。フィリップ・アンダーソンの妻、アマンダだろう。
「奥様、失礼いたします」
フランクがそう言ってドアを開け「警察の方が二名お見えです。奥様とお話されたいとのことですが」と告げる。
「そう、入って貰って」
どこか高飛車で、いらいらとしたような声がした。
リチャードが「失礼します」と部屋に一歩入ると「リチャード!」と聞き慣れた声がした。彼が目を遣ると、広間のソファにセーラ・ホプキンス巡査部長が座っていた。ブルネットの髪をボブにした小柄な彼女は、すぐに立ち上がってリチャードに近づくと「久しぶりね」と嬉しそうに話しかける。
「セーラ、やっと会えた。同じチームになったのに、すれ違いばかりだから挨拶も出来なかったよ」
「本当ね、同じ署内にいるのに、ここ何年も話してなかったし。後でゆっくり話聞かせて」
「ああ」
レイはそんな二人の様子を見ると、いらついた表情を浮かべる。
「ねえリチャード、やることやらなくていい訳?」
棘のある言い方にリチャードは驚いて振り返る。レイはリチャードを睨むように見つめていた。
「そうですね、レイも忙しいですし……」
レイは早くギャラリーに戻りたいのだろう、とリチャードは思った。彼は二日続けて、ギャラリーを抜けてここに来ている。留守番はアシスタントディレクターのローリーがしてくれていると分かっていても、やはり全てのビジネスを彼に任せきりにする訳にもいかないのだろう。
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