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第21話

「セーラ、奥さんと息子さんに話を聞きたいんだけど」 「分かったわ。どうぞ、同席して」 「奥様、この度はどうも。私はリチャード・ジョーンズ警部補。こちらはコンサルタントのハーグリーブスさんです。何度もお話して貰って恐縮ですが、ご協力お願いします」  セーラに促され、ソファにリチャードとレイが座る。リチャードは被害者の20歳年下の妻、アマンダ・アンダーソンを間近に観察した。  フィリップよりも20歳年下ということは、彼女は40代の筈だ。その割に見た目は若かった。30代と言われても信じそうだ。その理由の一つは派手な見た目だった。染めているのか、不自然に色の抜けた長いブロンドの髪を緩くカールさせ、目元はどぎついブルーカラーのアイシャドウで染めており、その口元は真っ赤なリップで彩っている。白い、まるで下着のようなデザインのドレスの胸元は大きく開き、人工的に盛り上がった胸を強調していた。一体誰に見せつけているのだろう、とリチャードは目のやり場に困る。 「あら、ハンサムな刑事さんなのね。こういう方に最初から質問して欲しかったわ」  アマンダ・アンダーソンはそう言うと、妖艶な笑みを口元に浮かべる。 ――あの口に食われそうだな。  リチャードは密かにそう思っていた。 「何でも訊いてちょうだい。あなたになら何でもお話するわ」  媚びた声色でそう続ける。その言葉を聞いたセーラは、ちょっとむっとした顔をしたが、黙ってリチャードに質問の主導権を渡した。 「まず、事件前夜からのあなたの行動をお伺いしたいのですが」 「もう何度も同じこと答えてるから、暗記しちゃったわよ。夜はいつも8時頃にディナーをダイニングホールで家族で食べるんだけど、あの晩も同じだったわ。その後広間に移って、フィリップ、私とローレンス……あ、ローレンスは息子ね。その三人でしばらくお酒を飲んだんだけど、私はいつも美容のために10時には寝ることにしてるの。だから10時少し前に自室に戻ったわ。ローレンスもその時、一緒に二階の自室へ戻ったの。あの子いつも夜中まで自分の部屋でゲームしてるのよ。いい年してゲームなんて、何が楽しいのかしらね? とにかく、私は10時には寝ちゃったから後のことは分からないわ。朝はいつも7時にはダイニングホールへ降りてきて朝食を食べるようにしてるの。寝過ぎも逆に美容に良くないのよ、知ってる?」 「いいえ」  リチャードが関心が全くない、という風に返事をするのを聞いて、アマンダは残念そうな表情を浮かべたが、気にせず話を続けた。 「それで昨日の朝は、いつもより少し早くに目が覚めたから、6時半頃にはダイニングホールに降りてきたのよ。ドロシーは6時過ぎにはキッチンにいるのが分かってたから、早めに朝食を用意して貰おうと思ったの。そうしたら部屋がすごいことになってるじゃないの。驚いたわ。主人が大事にしていた薔薇が床一面に撒き散らかされていて、一体誰がやったのかしら、と思って部屋の真ん中まで入ったら、あの人が倒れているのが見えたの」  アマンダは涙ぐんだような声を出し、大げさに口元を手で覆ってそう言った。リチャードはポケットからティッシュを一枚出すと、彼女に渡してやる。 「あら、ありがとハンサムな刑事さん」  アマンダはリチャードに向かって、媚びた笑みを浮かべた。 「びっくりしたわ。何の悪ふざけかと思った。フィリップ、って声をかけて近づいたけど、ぴくりとも動かないじゃない? よく見たら頭の後ろから血が出てたみたいだし、どこかに頭をぶつけて倒れたんだと思ったの。それで駆け寄って触ったんだけど、もう冷たくなってて……それで無意識のうちに叫び声を上げてたみたい。気付いたらフランクが部屋の入り口で私のことを呼んでるから、旦那様が倒れているから救急車を早く呼んで、って言ったの。一体どうしてこんなことになっちゃったのかしら。ねえ、刑事さん、犯人はもう分かって?」 「いえ、まだ捜査は始まったばかりですから。ご主人に敵や誰か恨みを買っているような人物はいませんでしたか?」 「いいえ。まったく心当たりがないわ。あの人ちょっと変わり者だけど、そんな人から恨まれるようなタイプじゃなかったわよ? それよりもお金目当てで窃盗に入った犯人が、彼を殺したってことはないの?」 「何か盗まれた物があったのですか?」 「フランクが言うには何も盗まれてない、って。私、美術品には興味ないから、よく分からないのよ。でも、おかしいわよね。こんなにたくさん高級な彫刻とかあるのに、何も盗まれてないなんて」 「盗むところをフィリップさんに見つかって、口封じに殺害した犯人が動転して何も盗らずに逃げた、ということもありますから、その線でももちろん捜査します。ところで、奥様はご結婚されて長いのですか?」 「長い? あはは、全然よ。結婚して1年ちょっと。私は後妻なの。聞いてない? 前の奥さんは、若い頃に病気で死んだのよ。そういう古いことはドロシーに聞くといいわ。彼女が一番ここの古株だから。私ね、こう見えても女優だったのよ。とは言え、ウェストエンドでかかる芝居の端役程度しか務めたことないんだけどね。何だったかな、そうそう、薔薇の園っていう芝居に出た時に彼に見初められてね。お付き合いしてすぐ結婚を申し込まれたのよ」

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