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第22話

 また薔薇だ、とリチャードは内心どきり、とした。動揺を悟られないように、俯いてメモを書くことに集中しているように見せる。 「あの時は、珍しく私にしては名前がついた役だったの。嬉しかったわ。でも彼に結婚を申し込まれて、もう役者を長く続けてても芽が出ないし、いい加減止めた方がいいんだろうな、と思って彼の求婚を受け入れたのよ。後悔はしてないわ、いい生活させて貰ってるから」  アマンダはそう言うと、目の前に置かれていた紅茶のカップを取り上げて、冷めた紅茶を一口すする。 「刑事さんたちに、お茶をお出ししてなかったわね」 「いえ、結構です。ところでダイニングホールに掛かっている薔薇の絵について、何かご存知のことはありませんか?」 「ああ、あの派手な薔薇の絵ね。あら……そう言えば、刑事さんのお隣に大人しく座ってる坊や、どこかで見たことある顔だと思ってたんだけど、あなたギャラリーの」  アマンダは面白いことが始まった、とばかりにレイを見つめて言った。 「どうも」  レイは愛想もへったくれもない言葉を投げかける。 「あなた、どうして刑事さんと一緒にいるの? コンサルタントって言ってたかしら。警察のお仕事なさってるの?」 「ええ、まあ」 「あなた、本当に顔は可愛いのに愛想ないわね」  アマンダはおかしくてたまらない、と言った感じでずばりと思ったことを言う。リチャードもこればかりはアマンダに同感だった。 「あの薔薇の絵は、そちらに座ってる坊やのギャラリーで、フィリップが買ったって言ってたわよ。私なんかよりも、彼の方がよくご存知なんじゃなくて?」 「どうしてご主人があの絵を買ったのか、お話になったことはありませんか?」 「さあ。正直言って私、美術品って本当に全然何も分からないのよ。私が興味があるのは、美容とお洋服のことだけ。フィリップは私が何にお金を使おうと口を挟まないから、代わりに私も彼が何を買っても口を挟まなかったわ。だから全く知らないのよ。それに、私が結婚してこの屋敷に来た時には、すでにあの絵はあそこに掛かってたから。あの絵は薔薇がたくさん描いてあってちょっと綺麗だな、とは思ってたけど」 「そうですか」  リチャードは少しがっかりしたようだった。彼女に聞けば、何かヒントが得られるかもしれない、と思っていたのだ。 「レイ、何か質問はありませんか?」  リチャードは一応レイに声をかける。もしかしたら彼も何か尋ねたいことがあるのではないか、と思ったのだ。 「別に」  レイは素っ気なく返答すると「僕は絵のチェックのために来たんじゃないの?」と逆に責めるようにリチャードに言った。リチャードはレイを気遣ってそう言ったのに、どうしてそんなに不機嫌になったのかが分からず困惑した。 「絵ならフランクさんに頼んで、壁から下ろしてもらってるわ。ダイニングテーブルの上に載せてあるから、自由に検分してください」  困惑したまま黙ってしまったリチャードの横で、助け船を出すようにセーラが言う。それに何の返答もせずレイは立ち上がり、さっさとダイニングホールへ行ってしまった。 「ホントにどうしちゃったのあの坊や。あなたたちお仕事仲間なんでしょ?」  アマンダは出て行くレイの後ろ姿を眺めながら、興味津々リチャードに尋ねる。 「ええ、まあ……」  リチャードは苦笑して曖昧に答える。 「ところで、息子のローレンスさんにお話を伺いたいんですけど」 「いいわよ。フランクに呼んで貰うわ。私はもうお役御免なんでしょう? 自分の部屋にいるから、何かあったら私の部屋までいらして頂戴」  アマンダは立ち上がると、ちらり、とリチャードに流し目をくれて部屋を出て行った。 「……無駄な色気の固まりみたいな女だな」  リチャードは溜息交じりにそう言う。彼の一番苦手なタイプの女性だった。 「ちょっと、リチャード、すごいじゃないの」  アマンダが完全に部屋から出て行ったのを確認してから、セーラが興奮した様子で話しかける。 「は、何が?」 「レイモンド・ハーグリーブスよ」 「え? レイがどうかした?」 「彼を現場に引っ張り出してくるなんて、あなた大したものねえ。この3年間一度だって現場に足を運んでくれたことないのよ? どんなにこちらが平身低頭頼んだとしても、現場の写真と調書しか見てくれなくて、絶対来てくれなかったんだから。それをこんな簡単に連れてくるなんてすごいじゃない。一体どんな魔法を使ったのよ」 「え? そうなの?」  リチャードは呆気にとられた顔で、セーラの言葉を聞く。 「何? リチャード、スペンサー警部から何も聞いてなかったの?」 「いや、何も……」 「とにかく、私も本物に会うのは初めてだから、ちょっと興奮しちゃうわ。本物のレイモンドって可愛い顔してるのね。びっくりしたわ」 「セーラは会ったことがなかったのか?」 「ないわよ。うちいつも人手が足りないでしょ? コンサルタントとの連絡係はいつもクライブに任せきり。私なんて直接コンサルタントに会う機会もほとんどなくて、いつも外を走り回ってばっかりなんだから」 「そう……だったんだ」 「ところで、あなたローレンスとおしゃべりするんでしょ? その間、私はドロシーに前妻について尋ねてくるわ。手分けして質問した方が早く終わるし。何か彼女に特に聞きたいことある?」 「いや、昨日彼女とは少し話をしたから、今はないかな。ありがとう、セーラ」 「早く終わらせて、あなたとは色々話したいことがあるから」  そう言うと、セーラはウィンクして部屋を出て行った。

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