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第23話

 セーラと入れ替わりに、フランクに伴われてローレンスが入ってくる。 「刑事さん、ローレンス様をお連れしました」 「ああ、ありがとう。入ってください」  フランクは一礼して部屋を後にする。ローレンスは20代前半の金髪を少し長めにして、ロックバンドのロゴ入りTシャツと膝が破れたブルージーンズを着た今時の青年だった。どことなく崩れたような、だらしない印象があるのは母親譲りだろうか、とリチャードは思う。  ローレンスはどっかりと偉そうにソファに深く腰を下ろすと「で、何?」と尊大な態度で尋ねる。 「事件前夜から事件発覚後までの、あなたの行動をお伺いしたいのですが」 「もう、何回も答えてるんだけど」 「すみません、もう一度お願いできますか?」  こういう態度の参考人には慣れている。リチャードは出来るだけ丁寧に聞こえるように言った。そんなリチャードの顔を、ローレンスは食い入るように見つめて言う。 「ふうん、あんた警察の人間にしちゃ格好いいじゃん。あんたにだったら、答えてあげてもいいよ」  母親と同じようなこと言うんだな、と変に感心しながらリチャードは「ではお願いできますか?」とにこやかに尋ねた。 「昨日の夜はいつも通り8時頃ディナーを食べた後、広間に移ってお酒飲んでたんだよね。でも俺、早く部屋でゲームやりたかったから、一杯だけ付き合って部屋に戻ったんだよ。母さんも同じ時間に部屋に戻ってたな。あの人、夜は早く寝ないと老ける、とかすごく気にしてるから。その後は、夜中の2時くらいまでずっと部屋でゲームしてた」 「真夜中から2時頃の間に、何か物音を聞いたりしませんでしたか?」 「全然。だって俺、ゲームする時はヘッドフォンしてるから、外の音は何にも聞こえないんだ」 「そうですか。朝は何時に起きられたんでしょう?」 「いつもは10時過ぎまで寝てるんだけどさ、あの日は執事のフランクに、7時過ぎに叩き起こされたんだよね。フィリップが倒れて死んでるみたいだ、って。びっくりしてダイニングホールに行ったら、母さんは泣きわめいてるし、そのうち警察は大勢押しかけてくるしで、もう何がなんだか。正直今でも現実なんだか、夢見てるんだかよく分かってないんだ」 「あなた、お父さんのことフィリップって呼んでるんですね」  ふとリチャードは気になったので尋ねてみた。ローレンスは変なこと聞くんだな、という表情でリチャードを見ながら「だって俺の父親じゃないもん」と答えた。そして座っていたリチャードの向かいのソファから立ち上がると、徐ろにリチャードの隣に場所を移して腰を下ろす。 「あいつは義理の父親ってやつだからさ。俺の本当の父親は誰なのか分からないんだ。母さんが駆け出しの女優だった頃に付き合ってた俳優かパトロンのうちの誰かだろうって。母さんってばさ、あっちこっちの男と寝すぎて、俺がどの種だか分からなくなっちゃったんだって。笑うよな」  そう言ってローレンスは自嘲した。まるで彼自身の存在を、恥ずかしく思っているかのような態度だった。 「でもあなたのお母さんは、あなたを愛してらっしゃるんじゃないですか」 「はっ、あんた愛してるとか恥ずかしげもなくよく言えるね。あの人が愛してるのは自分自身だけだよ。俺は見た目がいいから、一緒に連れて出歩く飾りに丁度いいって思われてるだけ」  吐き捨てるようにそう言ったローレンスの顔は、どこか寂しそうだった。そこに座っていたのは、父親が誰だか分からず、母親からも充分に愛されたことがない可哀想な青年だった。 「それよりさ、あんた付き合ってる人とかいるの?」 「は?」  リチャードがメモから目を上げて、隣に座っているローレンスに目を遣ると、彼は上目遣いにリチャードのことを見上げて、物欲しそうな顔をしていた。 「あんた俺のタイプだよ。ジジイの相手するよりも、あんたみたいな人の方がいいな」 「あの……」  リチャードはローレンスから距離を取ろうと、ソファから腰を浮かせる。その瞬間、いつの間に部屋に入ってきていたのか、レイの声がした。 「リチャード、何やってんの?」 「レイ!」 「リチャードの隣は僕の席だから、どいてくれる?」 「なんだよ、お前」  ローレンスはあからさまに敵意をむき出しにして、レイを睨み付ける。レイは冷ややかな視線で見返した。 「僕? 警察関係者だけど」 「ちっ、何だよ邪魔しやがって」 「邪魔はどっちだよ。リチャード、もう質問終わったんでしょ?」 「いや、あのもう一つ、あの薔薇の絵について……」 「薔薇の絵? ああ、ダイニングホールの?」  ローレンスは何か思い出したようで、ちょっと考えた後、話し始めた。 「そう言われてみると、フィリップあの絵にご執心だったよな。よく絵の前に立ってじっと見てた。絵全体を見ている、って言うよりも、どこか一点を集中して見てるような感じだったんで、不思議に思ってたんだ。一体何を見てたんだろう?」 「フィリップさんが絵について、何か語ったことはありませんでしたか?」 「あんまりあの人、自分が考えてることを俺には言わなかったからな。一度だけダイニングホールに俺が入っていった時、丁度絵を見てたから『俺が何見てんの?』って聞いたら『綺麗だろう?』って。そう言えば『偶然ってのは恐ろしいな』って言ってた気がする」 「偶然……? 何が偶然なのかは、言いませんでしたか?」 「いや、それっきり黙り込んじゃったから、俺も聞かなかった」 「そうですか」  リチャードは考え込んだ。一体何が偶然だったのだろう? 何かこの偶然に事件の鍵が隠されているのではないだろうか。

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