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第24話
「真面目な表情もいいね」
ローレンスがリチャードの顔を覗き込む。
「はい、質問は全部終わったから、もう部屋に戻っていいよ」
すかさずレイは、ローレンスをリチャードから引きはがしながら言う。
「ねえ刑事さん、後でもっと質問があったら俺の部屋に来てね」
ローレンスはリチャードにそう言うと、名残惜しそうに席を立って部屋を出た。
「リチャード、隙だらけ。あんなのにつけ込まれたらダメじゃないか」
「いや、つけ込まれるとかそういう……」
リチャードは、何と答えていいのか分からずに黙り込む。レイは不満そうな表情で、今までローレンスが座っていた場所に腰を下ろす。
「絵、見てきたよ」
「どうでしたか?」
「間違いない。僕のギャラリーで販売したものだよ。すり替えられてるとかそういうことはない。売った時のまんまだった」
「そうですか」
「絵見てたら、あの後妻が僕を誘惑しに入ってきたよ」
「え?」
リチャードが驚いてレイを見る。レイは淡々と話を続けた。
「何なんだろうね、あの人。僕がババアに興味ない、って言ったらぷんすか怒って出て行ったけど」
「ぷっ、レイ、それは言ったらいけなかったんじゃないですか?」
リチャードは吹き出して言った。あの女性は男と見れば、見境なく誰でも誘惑して歩いているらしい、と彼はうんざりしていた。それだけに、レイのあまりにも単刀直入な物言いが爽快だった。
「あの人、香水つけてなかった……」
ふと気付いたようにレイが言う。
「香水? 誰がです?」
「アマンダだよ。あんなに化粧が濃いくせに、香水つけてないなんて、変じゃないかな」
「そういうものですか?」
リチャードは、女性が香水をつけているのかいないのかなんて、今まで気にしたことがなかったので、アマンダがどうだったかなど全く気に留めていなかった。
「ああいう自己主張が激しい女性は、半径百メートルが強烈に匂うぐらいたくさん香水つけて歩いてるもんだよ。まるでマーキングして歩いてるみたいに」
「マーキングって、犬じゃあるまいし」
「大げさな言い方じゃないよ。そういうもんだよ。それなのに、あの人全然つけてなかったんだ。ちょっとおかしいと思わない?」
「後で聞いてみましょうか」
「ううん、今はそっとしておこう。きっと何かしらの意味があると思うけど、こちらが気付いたことは、悟られない方がいいかもしれない。そんな気がする」
レイは自分自身の判断にまだ迷っているようだった。じっと一点を見つめるようにして黙り込む。端正な白い横顔、ふわりとした明るい茶色の髪、長い睫が魅力的な榛色の瞳の周りを飾っている。形の良い桜色の唇に指を当てて、じっと考え込むその姿をリチャードは見て、やはり彼は天使のようだ、と思った。
――だが、口を開くとたちまち小悪魔になるのはどうしたものか。
突然ドアが開きセーラが入ってきた。
「あら、何かお取り込み中だった?」
「いや、そんなことないけど」
リチャードがそう答えると、レイは小さい声で「取り込み中」と言う。リチャードが「え?」と彼の顔を見ると、レイはそっぽを向いていた。
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