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第30話

 3階のフロアで彼は降り、AACUのスタッフルームへ入る。すでにセーラとスペンサー警部が、部屋の入り口で紅茶入りのマグを片手に立ち話をしていた。 「おはよう、リチャード」  リチャードの姿を認めて、真っ先にセーラが声をかけてくる。その目が「ちゃんと来たわね、よしよし」と言っていた。 「リチャード、調子はどうだ? もう大丈夫なのか?」  スペンサー警部がいささか心配そうに尋ねる。配属されて数日しか経っていないスタッフから調子が悪い、と言われて、まさかこのまま辞めやしないだろうか、と内心不安に思っているようだった。  セーラと同じく、スペンサーにしてもリチャードはAACUにとって待ちに待った人材なのだ。簡単に失う訳にはいかない、と二人共思っているのが、その態度からひしひしと伝わってくる。 「はい。ご心配をおかけしまして……」  リチャードはまともにスペンサーの顔を見られなかった。俯き加減で何とか答える。 「そうか、それなら良かった。早速で申し訳ないんだが、今日もハインズフィールドに出向いて欲しいんだ。昨晩、凶器が判明した。ダイニングホールに置いてあった銅製の花瓶だったんだ。綺麗に拭き取ってあったが、鑑識のテストで血液反応が出た。血液も被害者のものと一致しているので間違いない。家族にその花瓶について尋ねて欲しいんだ。特捜の方は相変わらずビジネス絡みの方で加害者がいるんじゃないか、と探し回っていてね。そういう些末なことはこっちでやってくれないか、と仕事を振られたんだよ。連日遠出で悪いがよろしく頼む」  スペンサーの言葉に、リチャードは了承の意味で頷いた。 「それとレイモンドくんなんだが、アンダーソンの妻からあの家にある美術品を買い取って貰いたい、と依頼を受けて、ハインズフィールドまで行かないといけないらしい。丁度きみが行くから同乗させると言っておいた。悪いがギャラリーまで寄って、彼を拾ってから行ってくれないか?」 「え?」  スペンサー警部の口から突然レイの名前が出て、リチャードの心拍数が上がる。 「何か、不都合でもあるのか?」  リチャードの態度に、スペンサーが不審気な顔をする。 「いえ、何でもありません。了解しました。彼をピックアップしてから、ハインズフィールドへ向かいます」 「私も後から行くから。ちょっと別件が立て込んでて、そっちを処理しておかないといけないの。何せ人手が足りないでしょ、ここ」  セーラはそう言ってリチャードの肩をぽん、と叩いて小さく「大丈夫だから」と呟くと、自分のデスクへ向かった。

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