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第34話

 リチャードはドロシーに礼を言って、アマンダの部屋を出た。階段を降り、キッチンまで行くと、フランクがきょろきょろと誰かを探しているようだった。そしてリチャードを見ると「ああ」とホッとした顔をして近づいてくる。 「奥様とローレンス様がネイルサロンからお戻りになられて、広間であなた様をお待ちです」 「そうでしたか、ありがとうございます」  リチャードはフランクに言い、広間へ行くとドアをノックして中に入る。  アマンダとローレンスはソファに座って話をしていた。二人ともただソファに座っているだけなのに、どこかだらしない印象がぬぐえない。 「あら、ハンサムな刑事さん、こんにちは。まだ私たちに訊きたいことがあるってことですけど、どんなことかしら?」  アマンダは甘ったるい声でリチャードにそう言った。下着が見えそうなくらい短いスカートを履いて足を組んでいる。相変わらず濃いメイクだな、女優時代の癖が抜けないのか? とリチャードは思う。 「お時間を取って頂いてすみません。あと二、三お伺いしたいことがありまして」 「いいわよ。前にも言ったけど、ハンサムな刑事さんにだったら、何でも答えてあげるわ」  アマンダに見つめられて、リチャードは落ち着かない気分になる。そんな様子をアマンダも、彼女の隣に座っているローレンスも見て楽しんでいるようだった。それが余計にリチャードを苛立たせる。 「アマンダさんは、香水がお好きですよね?」  リチャードに問われてアマンダは「ええ」と短く返答する。リチャードの質問の真意が分からず、なんと答えていいのか逡巡しているようだった。 「今日はつけていらっしゃらないんですか?」 「そうね、今日はつけていないわ。つける気分じゃなかったから。そういう日もあるでしょう?」 「そうですね。確か昨日お会いしたときも、つけていらっしゃらなかった」 「よくお気付きですのね。刑事さんとお付き合いしてらっしゃる方はお幸せだわ。男性なのに、そんな細かいところまで気付かれるなんて」  そう言って、アマンダは妖艶な笑みを浮かべる。 「事件の日の朝、フランスから特別な香水が届いたそうですね」  リチャードがそう言うと、アマンダはハッとした顔をした。 「……どなたにお聞きになったのかしら?」 「それは守秘義務がありますから言えません。お答え頂けますか?」 「答えたくなかったら、こういう時って答えなくてもいいんじゃなかったかしら?」  アマンダは賢しい顔でそう言う。だがリチャードの方が上手だった。 「もしも事件に関する重要な事実を故意に隠匿した場合は、間違いなく裁判で罪に問われます。場合によっては禁固刑になる可能性もありますよ」  リチャードの言葉にアマンダの顔色が変わる。 「刑務所に入れられるの?」 「ええ。刑務所の中にはネイルサロンはありませんねえ」  リチャードの意地悪な言葉に、アマンダは真っ青になってすぐに口を開いた。 「……あの日の朝、フランスから荷物が届いたのよ。もうすぐ結婚1周年で、フィリップから私へのプレゼントだった。贅沢に薔薇だけを使った特別な香水だ、って彼は言ってたわ。すごく嬉しくて、すぐにその場で少し使ってみたの。とても良い薔薇の香りだった。その後、香水瓶をダイニングホールのマントルピースの上に載せたのは覚えていたんだけど、部屋に持ち帰ろうと思ってたのに、ご飯食べてるうちに忘れて、そのまんまにしちゃったのよね」 「それで、その香水は今どこに?」 「……あの晩、フィリップが死んだ晩のことよ。あの香水が……でも何であんなことになってたのか、全然分からないのよ……」 「香水がどうしたんです?」  アマンダは混乱しているようだった。元々話し上手ではないのに加えて、こんな場面で冷静に話が出来るような人物ではないのだ。それを隣で見ていたローレンスが仕方ないな、という感じで口を開いた。 「あの晩、母さんはダイニングホールに行ったんだよ」 「何ですって?」  リチャードは驚いて二人を見る。アマンダは落ち着きを失っていたが、ローレンスはあくまでも冷静だった。 「俺は部屋でゲームしてたんだ。前にも言っただろう? いつも夜中の2時過ぎまでやってるんだよ。そしたら2時頃、母さんが部屋に慌てて来てフィリップが死んでる、って言ったんだ。それで二人でダイニングホールに行ったら、あいつが床に転がって死んでたんだよ」 「アマンダさんが殺したんですか?」 「違うわよ! 私がダイニングホールに行った時はもう死んでたの。脈を取ろうとしたけど、触ったらもう冷たかったのよ。それで慌ててローレンスの部屋に行ったの」 「でも、どうしてアマンダさんは、そんな時間にダイニングホールへ行ったんですか?」 「……アダムに会いに行こうと思ったのよ」  アマンダは視線をリチャードから外して言った。 「アダムに会いに行くには、ダイニングホールのフレンチウィンドウから出入りするのが一番近いから、いつも彼に会う時にはあそこを通ることにしてるの。それであの晩も彼の所に行こうと思って……」  リチャードには、段々この家の複雑な人間関係が分かり始めていた。

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