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第35話

 婚姻関係にあったアマンダとフィリップ。だが実際にフィリップが目当てにしていたのは、アマンダの息子ローレンスだった。そして金目当てだったアマンダが、自分の欲求のはけ口として見つけたのが、庭師のアダム。  アマンダは殺していない、と言っているが、彼女にだって動機はある。  邪魔なフィリップを殺して遺産を受け取り、アダムと再婚しようという計画を持っていたとしても不思議ではない。  あの晩アダムに会いに行こうと、ダイニングホールへ降りたところを、フィリップに見とがめられ、かっとなって殺したのかもしれない。その後慌てたふりをしてローレンスの部屋へ行った、とは考えられないか?  だがそんなリチャードの考えを見透かしたように、アマンダは言う。 「刑事さん、私はフィリップを殺したりしていないわよ。だってフィリップを殺したって何の得もないじゃない。私はお金さえ貰えればそれでいいの。彼だって納得ずくだったわ。私がアダムと浮気してるのだって、知ってたんだから」 「まだあなたは、私の質問に答えてませんよ。香水はどうされたんですか?」 「そう! 香水なのよ。あの人の側に香水瓶が落ちていて、中身が床にぶちまけられてたの。私てっきりあの香水瓶で殴られて死んだんだ、って思ってパニックになっちゃったのよ。だってあの香水は私へのプレゼントだったのよ? あれを見たらまるで、私が彼を殺したみたいじゃない。慌てて瓶を拾ったんだけど、中身は全部彼の服と、彼が横たわっていた絨毯の上に染み込んでいたわ。部屋中が薔薇の香りで充満してた。何だか私が犯人だって言われているみたいで、いたたまれなくなってローレンスを呼びに行ったのよ」 「母さんが言ってるのは本当だよ。香水瓶は俺の部屋に隠してある。だけど、その時に言ったんだ、あんな香水瓶で殴ったぐらいじゃ人は死なない、って。でも母さんパニクっちゃってて全然俺の言うこと聞かないし、仕方ないから香水瓶は俺の部屋に隠して、一緒にダイニングホールに行ったんだ。そしたらあいつが暖炉の前に倒れてて、部屋中が薔薇の香りで満たされてた。母さんがこのままにしてたら、自分が犯人にされちゃうから何とかしてくれ、って言うから、俺も無い知恵絞ったんだよ」 「どうしたんですか?」 「薔薇の匂いが気になるんだったら、薔薇を置いておきゃいいんじゃないの、って思ったんだよ。多分あの部屋に薔薇の絵が掛かってるのを見たから、急にそういうアイデアが湧いたんじゃないかな。それで母さんと二人で温室まで行って、あの絵と同じような色の薔薇の花を集めて、あいつの上に撒いたんだ」 「一つお伺いしてもいいですか? ローレンスさんはフィリップさんとご関係があった、と聞いたのですが」  リチャードは訊きにくいな、と思いつつもこれも仕事だ、と割り切った。 「ああ、そうだよ。それホント。俺はずっと、あの色惚けジジイの相手をさせられてたんだよ。最悪だよな。でも俺も母さんも、もう貧乏暮らしはうんざりだった。暖かい部屋、ふかふかのベッド、好きな事を好きなだけ出来る環境……あんたには分からないかもしれないけど、そういう物を与えて貰えるんだったら、俺はあえてあのジジイの相手をしても構わなかったんだ」  ローレンスの顔に悲しそうな表情が浮かぶ。父親が誰かも分からない、と自嘲した青年だ。きっと今までの人生、辛酸を舐め続けてきたのだろう。貧乏暮らしから逃れられるのなら、母親に金と引き替えに男に売られても、我慢するしかない、そう思っていたのかもしれない。 「そうですか、言いにくいことを言わせてすみません。それで、その後はどうしたのですか? アマンダさんはアダムさんに会ったのですか?」 「まさか! ローレンスと二人で薔薇を部屋にばら撒いた後は、それぞれ部屋に戻って朝まで出なかったわ。私は恐ろしくて一睡も出来なかった。それでいつもよりも早くダイニングホールに降りて行ったの。丁度フランクが来る頃を見計らって叫び声を上げたわ。一世一代の大芝居だったわよね。舞台時代を思い出して懐かしかったわ」  アマンダはくしゃっと顔を歪ませた。リチャードはそのまま彼女が泣き出すのではないか、と一瞬思った。 「そうでしたか。分かりました。その後はフランクさんが、私にお話された内容に繋がる訳ですね。ところで、アマンダさんがフィリップさんが倒れているのを見つけた時、周りに落ちていたのは香水瓶だけでしたか?」 「ええ。だから香水瓶で殴られたと思ったのよ」 「銅製の花瓶をご存知ですか? ダイニングホールに置いてあったものですが」 「花瓶? そんなのあっちこっちに置いてあるから、どれのことだかさっぱり分からないわ。全部ちゃんと覚えてる訳じゃないし」 「そうですか……あなたはどうですか? ローレンスさん」 「さあ、俺も知らないな。美術品なんて興味ないし。この家でそんな物に興味があったのは、あの死んだジイさんだけだよ」  リチャードは彼らの話を手帳にメモした。凶器となった花瓶については、アマンダが発見した際には、すでに血が拭き取られて何事もなかったかのように、元の場所に置かれていたらしい。そのせいで二人共本物の凶器にはまったく気付いていなかった。そればかりかアマンダは、自分の香水瓶が凶器だと思い込んでいたというのが分かった。  ここまで話を聞いて、ようやく事件の背後関係が明らかになってきた。そして犯行時間も狭められることが分かった。最後にフィリップが生きているのを確認出来たのは10時半。その後アマンダがダイニングホールに来た午前2時には、もう彼は死んでいた。その間に何かが起ったのだ。

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