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第39話
――どうすればいい?
リチャードは、この状況をどうすれば打開出来るのか分からず焦った。
「当たり前でしょう? この絵が全ての元凶なんです。こんな絵のせいで旦那様は狂ってしまわれた」
ドロシーは激昂して、今にもレイの喉を切り裂きそうだ。リチャードは内心の焦燥を悟られないように、ゆっくりとした口調で彼女に話しかける。
「ドロシーさん、落ち着いて下さい。この絵がフィリップさんをどう狂わせたと言うんですか? 私にはまったく事情が分からないんです」
リチャードが問いかけると、ああ、お前はそこにいたのか、という風にドロシーがゆっくりと顔を彼の方へ向けた。
「この絵を買われてからです。旦那様がおかしくなっていったのは。あんな色情狂の女と突然結婚したかと思えば、あの女の息子とまで旦那様は同衾されて……ふしだら極まりないですよ」
「でも絵に罪はありません……」
レイの言葉に、ドロシーはきっと彼を睨み付ける。
「この絵の中に奥様がいらっしゃるんです」
「奥様……アマンダさんですか?」
リチャードの言葉を聞いて、ドロシーは彼を馬鹿にしたような顔で答える。
「何を言ってるんですか。私にとっての奥様はローズ様しかいらっしゃいませんよ」
――ローズ……ロザリンド・アンダーソン、フィリップの最初の妻か。
「この絵の中にローズさんがいる、とはどういうことですか?」
「旦那様が仰ったんです。絵の中にローズがいる、って。薔薇の中に埋もれて自分をじっと見ているんだ、と言っていました。確かによく似ておられます……ローズ様に。それから何かが少しずつ狂っていったんです。あの色情狂の親子をこの屋敷に引き入れたのもそうです。……旦那様にとってはずっとローズ様が唯一の女性でしたのに。奥様が亡くなられた時、旦那様は抜け殻のようになってしまわれて……それを先代のご主人と奥様、そして私が支えて差し上げたんですよ。数年後にようやく立ち直られて、それから今まで何事もなく平穏に過ごしてきたのに、それなのに……」
ドロシーは悔しそうに顔を歪ませる。
「だからこの絵は切り裂いて、二度と人手に渡らないようにしなくちゃいけないんです。二度とこんな悲劇が起きないように。この絵をめちゃくちゃにしないと、ローズ様の呪いが解けないんですよ!」
「呪いって何なんですか?!」
リチャードは訳が分からず、ドロシーに向かって叫ぶように問いかける。
「痣です……あの子の痣……生まれた時に見て驚きました。ローズの……薔薇の形の痣が腕に……」
ドロシーの声が震える。彼女の瞳は今や焦点が合っていなかった。
「薔薇の形の痣? まさかアダムさんのことですか?」
「リチャード、アダムさんはドロシーさんの子供だよ……」
レイが苦しそうに顔をナイフから背けながら言う。
「気付かなかった? 二人とも顔立ちがそっくりだ。僕は一目見て気付いたよ。でもまさか彼女が犯人だなんて思わなかったから、何か隠さなければならない事情があるなら、黙っておこうと思って言わなかったんだ」
レイの言葉で、リチャードはようやく、二人の顔を見た時に感じた不思議な感覚の意味が分かった。アダムを、そしてドロシーを以前から知っていた訳ではなく、二人がお互いに似ていたから、それぞれに会った時に既視感を感じていたのだ。
「アダム……あの子は私と旦那様の間の子なんです。……ローズ様が亡くなった後、旦那様は不安定になられて、何度も自ら命を絶とうとされました。それほど深くローズ様を愛しておられたんです。それで、少しでも旦那様の助けになればと、私がローズ様の代わりに……」
「でもあなたは子供は死んだと……」
「……あの子は生まれてすぐに施設に引き取られて、もう何十年も会ってなかったんです。先代様にあの子のことは諦めろ、忘れろ、と言われて、死んだものとしてこれまで生きてきました。それなのに、旦那様は今更探し出してきて、彼を庭師として雇ったんですよ。あの子の顔を見ただけですぐにアダムと分かりました。そしてあの腕の痣……ローズ様の呪いの痣……ローズ様ではなくて、私が旦那様の子供を産んだから……あんな形で復讐されたんです」
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