2 / 11

第2話

 ヘンドンはMETの警察学校の通称名で、北西ロンドンに位置するヘンドンという町に校舎があることから、そう呼ばれている。  当初は何の関係もない僕が、ヘンドンの卒業セレモニーに参列する予定じゃなかった。でも叔父さんがその日のミーティングを終えて「レイ、こういうのに出席する機会なんて二度とないだろうから、一緒に来てみないか?」と誘ってくれて、そのまま同行することになったんだ。  僕は興味本位の物見遊山のつもりだった。単なる叔父さんのお供のつもりだったんだ。  後悔はしてない。  あの日行った事で、5年もの長い間一人で苦しむことになったけど、それでも僕はかけがえのない人と、あの日出会えたから。  卒業セレモニー自体は退屈きわまりないものだった。  僕は欠伸をかみ殺しながら、来賓席の上段から整列している警察学校の卒業生たちを見下ろしていた。彼らは初夏の陽射しの中、暑さを堪え制帽とユニフォームに身を包んで、じっと僕の叔父、ロバート・ハーグリーブス警視総監の祝辞を謹聴していた。  その時、最前列にいた男性が突然倒れる。  この暑さで、あの生地の厚い制服に身を包んでいるのだ、そうとう体に応えていたに違いない。僕がどうするのだろう? と見ていると、彼の右後ろにいた背の高い男性が、すぐに彼を助け起こして、駆けつけた関係者と共に列を離れて日陰へ彼を抱えていく。  背の高い男性の制帽が途中転がり落ち、中に隠れていた美しい金髪が陽の元に晒される。きらきらと陽光に煌めいて、とても眩しい。そして同じく今まで隠れていた彼の顔も顕わになり、僕は目が離せなくなった。 ――なんて、綺麗な人。  美しいブルーアイズ、知的な表情、引き締まった体躯、そして、きびきびとした動きで周囲に的確な指示を出せるだけの、状況判断が即座に出来る優れた頭脳の持ち主。  彼は倒れた男性のユニフォームの襟を緩め、意識を確認した後、到着した救急隊員に引き渡した。 「すみません、あの人は誰ですか?」  僕はたまらずに隣に座っていたヘンドンの校長に尋ねる。 「ああ、彼ですか? 彼はリチャード・ジョーンズくんですね。さすが、総監の甥御さんはお目が高い。彼は今期の首席ですよ。将来の警視総監候補生の一人です。……なんて、総監の甥御さん相手に、こんな話をしたらいけないかな?」  ヘンドンの校長はそう言うと苦笑した。 「……リチャード・ジョーンズ……」  僕は口の中で彼の名前を呟いた。  まるで愛しい恋人の名前を呟くように。

ともだちにシェアしよう!