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第5話
それからまた2年が過ぎた。
僕が初めてリチャードを見たあの日から、もう5年もの月日が流れてた。
その間、僕は絶えずリチャードの夢を見ていた。
2年前にリチャードの声を聞いたから、あれから夢の中での彼はちゃんと会話してくれるようになった。すごく嬉しくて、僕はいつもリチャードと夢の中で話をするのを楽しみにするようになったんだ。
でも朝、目が覚めるとそれが夢だった、と分かってがっかりするのも日常のルーティンの一つになっていた。
そんな毎日を繰り返していた、あれはまだ寒い2月のある日のことだった。僕は叔父さんに呼ばれMETへ赴いた。
街中は間もなく訪れるヴァレンタインデーの為に、あちらこちらの店先にハート型の商品が置かれて、薔薇の花束の宣伝広告が貼られていた。
僕は横目でそれを見ながら、もしもリチャードが恋人になってくれたら、どんなヴァレンタインデーを一緒に過ごせるのかな、と想像して自分を慰めていた。
MET庁舎の叔父さんの部屋へ行くと、彼は僕を見るなり「レイ、随分待たせてしまったな」と開口一番そう言った。
「何? 何のこと?」
僕は訳が分からなくて、そう答える。
「ようやくレイの願いを叶えてあげられるよ」
「……どういうこと?」
僕は鼓動が早まるのを感じていた。
叔父さんは手元にある書類を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「ジョーンズ警部補をAACUに転属させることが決まった」
僕は息が止るかと思った。
やっとだった……5年も待って、やっと彼と直接話すチャンスが目の前にやって来たんだ。僕は嬉しくて、嬉しくて、きっと今にも泣き出しそうな顔をしてたと思う。それでも叔父さんの前でそんな真似は出来ないから、必死に我慢して「良かった」とだけ、振り絞るように声を出した。
叔父さんはそんな僕を優しい目で見つめると「AACUが発足して5年、レイのお陰で随分事件も解決してきたけれど、未だ周囲の目は厳しい。思った程の成果が挙げられていないと突かれてな。梃子入れのためにジョーンズ警部補を異動させることにしたんだ。彼のような優秀な人間が入ってくれれば、少しは状況も変わるだろう。レイもジョーンズ警部補を補佐してやってくれ」と言った。
頼まれなくったって、僕はリチャードを出来るだけ補佐してあげるつもりだった。だって僕は5年もこの日が来るのをずっと待ってたんだから。
そして彼が初めてギャラリーを訪れてくれたあの朝のことは、一生忘れないと思う。すごく嬉しくて彼の姿を見た瞬間叫び出したくなったけど、そんな僕の動揺した姿を見せたくなくて、わざと意地悪な口を利いてしまった。
リチャードは僕の口の悪さに心底驚いたような顔をしたけれど、決して怒ったり窘めたりすることはなかった。
それどころか、僕のことを見くびっていた、とばかりに「自分の判断ミスです」と謝ってくれて、彼の謙虚さを好ましく感じた。やっぱり思った通りの人だった、って自分のことを褒めたいくらいだったよ。
僕は彼と会話した最初の数分で、すでに彼に心を奪われていた。
――リチャードが僕を好きになってくれたらいいのに。
この時ほど、自分が魔法使いだったら、と思った事はなかった。彼に魔法をかけて、僕のことを好きになってもらいたい。心の底からそう思った。
それから嵐のような四日間が過ぎて、一緒に事件を解決し終えた日、信じられないことに僕はリチャードと付き合うことになってたんだ。
信じられなかった。正直今でも信じられないよ! 絶対に無理だって、諦めてたのに。5年もの長い間、僕はずっと諦めてたんだ。だってリチャードはストレートで女性としか付き合ったことないって知ってたから。
初めて彼にキスされた時のことを思い出すと、体の芯が熱くなる。あの時僕はどうしたらいいのか分からなかった。すごく優しいキスだった。彼は僕の腰に手を回して、まるで壊れ物を扱うみたいに抱き締めると、そっと唇を重ねてくれた。
リチャードは、僕が彼の初めての男性のパートナーだって言うのに、どんなことでも拒む様子なんて全然見せずに、いつも優しく接してくれる。いつだって僕のことを一番に考えてくれる。真っ直ぐに僕だけを見つめていてくれる。彼のこれ以上ないってくらい甘いキスに溶けてしまいそうになる。
リチャードが初めてベッドを共にしてくれた日も絶対に忘れない。
僕は記念日とか、そういうのは全然こだわらないけど、だけど、あの日は特別だったから。
リチャードと付き合って一年になろうかというのに、毎回彼とベッドを共にするたび、今でも初めての時のことを思い出して、どきどきする。
彼に触れられるたびに、彼の熱い眼差しが僕の体を見つめるたびに、そして彼自身を僕の中で感じるたびに、僕はリチャードが愛おしくてたまらなくなる。
彼の手を離したくない。お願い、ずっと僕の側にいて。
本気でそう思っているのに、いざ彼を目の前にすると、つい強がってしまう。小憎らしい言葉をかけてしまう。
僕だったら、そんな恋人にはとっくに愛想を尽かしているところだけど、リチャードは違った。彼はそんな僕を可愛い、と言って抱き締めてくれる。時々困った顔をして黙り込んでしまうけれど、それでも最後には甘い口づけを交わしてくれる。
好き、大好きリチャード。ベッドの中で彼に抱かれている時だけしか素直になれない僕。そんな僕にリチャードはいつも「どうして欲しい? どんな風にしたら喜んでくれるの? 好きだよレイ、きみだけだ。俺はレイに夢中なんだ」と耳元で囁いてくれる。
その声を思い出すだけで体が熱く疼く。彼が欲しい。いつも彼を身近に感じていたい。
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