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第7話
レイのギャラリーまで歩けないことはないが、バスを使った。その方が早いと思ったからだ。きっと彼はユニフォームを見たいと、とても楽しみにしてくれてるに違いない。だから少しでも早く彼に見せてあげたかった。
これは付き合って一年目の彼へのプレゼントのつもりだった。
5年もの長い間、彼が一人で俺を想って苦しんでいたと知った時、とても驚いたが、同時に彼をとても愛おしく感じた。その時はすでに俺自身、自覚がないうちに、彼に恋していたからなのだけれど。
とにかくレイが俺のユニフォーム姿を見て、俺のことを好きになったのだ、という事実は変わらない。ならば、彼にその姿をもう一度見せてあげられるのなら、それで彼が喜んでくれるのなら、そうしてあげたいと思う。
いつものようにレイのギャラリーのドアベルを押す。しばらくして解錠する音がしたので、ガラスのドアを開けて中に入る。
ギャラリーの中は、薄いグレーの落ち着いた色で統一されていた。
一年前に初めてここを訪れた時は、一面真っ白な部屋で、什器類も全て白一色だった。そんな中で唯一色を持つ存在がレイだった。
金色の光に包まれた天使。それが俺の第一印象だ。
その後口を開いたら、とんでもなく口も態度も悪い跳ねっ返りだって分かって、心底驚いたんだけど。
しかも、更に付き合い出して夜を共にするようになってから気付いたのだが、彼はベッドの中では、まるで別人のように甘えたがりの恋人になるのだった。レイという名前の違う人物が、彼の中に何人もいるみたいだ。
現在のギャラリーは、つい最近グレーカラーに改装したばかりだった。什器類はグレーとブラックの二色使いで、以前に比べると大人っぽい印象に変わっていた。俺はいつものように部屋の一番奥へ向かう。
デスクの位置は変わりなく、部屋の一番奥まったところにある。だが、こちらもブラックのモダンなデザインのデスクに変わっていた。
その向こう側には、俺の天使が待ちかねた顔をして座っている……筈だった。
「こんにちは。ハンサムな刑事さん」
デスクの向こう側で、俺の天使と、そしてブルネットの長い髪の若い女性が興奮した顔でこちらを見つめていた。
――あ、何か嫌な予感。
俺の予感は思い切り当たっていた。隣に座っているレイはものすごく不機嫌な顔で、こっちを見ている。
「……あ、こんばんは。METのリチャード・ジョーンズです」
俺がそう挨拶すると、レイは面白くなさそうに口を開いた。
「彼女は僕の従姉妹のチャーリー。今日は僕に会いに来たんだ」
従姉妹か……どうりで、何となく顔立ちにレイの面影があるような気がする。
小柄な彼女はストレートの髪を肩の下まで伸ばしていて、栗色のくるくるとよく動く瞳がどこかレイに似ていた。
「刑事さんって、もっと怖いイメージがあったんですけど、すっごいハンサムな人だからびっくりしちゃったわ」
チャーリーは興奮して一気にまくし立てる。
「……ああ、それはどうも」
俺は何と返答したらいいのか分からずに、端から聞いたら間抜けとしか言いようがない言葉を口にした。レイはその言葉を聞いて顔を顰める。
「チャーリー、いい加減にしなよ。ジョーンズ警部補が困ってるだろう。それと、彼は仕事の打ち合わせに来てるんだ。悪いけどもう帰ってくれる?」
レイは遠慮の無い態度で冷たく彼女にそう言った。
チャーリーは「つまんないの」とふて腐れたが「仕事じゃ仕方ないわね」と言うと、床に無造作に置かれていた高級ブランドのハンドバッグを拾い上げた。
彼女もレイと同じく裕福な家庭の出なのだろう。
「ねえ、刑事さん、私とデートしません?」
チャーリーは挑むような態度で尋ねてくる。まるで俺がYesと答えるのが間違いない、と確信しているように。
「駄目だよ、チャーリー。彼はすでにお手つきだから」
俺が答える前にレイがびしり、とチャーリーに言った。チャーリーは一瞬レイの言葉に驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直した様子で「そうよね、これだけハンサムなんだもの。付き合ってる人がいるのも当然か」とさして気にした風でもなく笑って言った。
「ジョーンズ警部補、もしも今付き合ってる人と別れてフリーになったら、すぐに連絡下さいね。私立候補しますから」
「チャーリー!」
「おー怖っ、何よレイったら。もう行くわよ。また来るからね」
「もう来なくていいよ。仕事の邪魔になるから」
「そんな言い方しなくて良いでしょう? 従姉妹なんだからもっと優しくしてよ」
「従姉妹だったらもっと僕に気を遣ってよ。忙しいんだよ」
「冷たいわね、レイってば。顔は可愛いくせに、態度は全然可愛くないんだもの。昔っからほんっとに変わらないわね」
「……頼んだキャブ来たよ」
レイがそう言うのと同時に、ギャラリー前に停まった黒塗りのベンツからクラクションの音がした。
「はいはい、お邪魔虫は退散するわよ。レイ、もうちょっと愛想がないと、ジョーンズ警部補に嫌われるわよ」
「は?」
チャーリーの去り際の一言に、俺は思わず反応してしまった。が、チャーリーはまったく聞いていなかったようで「Bye」と手を振るとギャラリーを出て行った。
レイはギャラリーの外に停まっている車が、従姉妹を乗せて走り去るまで険悪な表情でじっと見つめていた。ようやく見えなくなると、ふうっと溜息をついて俺の方を向く。
「リチャード、ごめん。昔からチャーリーってあんな感じでさ。気悪くした?」
「いや、ちょっと圧倒されただけだから」
俺は苦笑してそう言う。レイはそんな俺を見て同じく苦笑する。
「困った子だよね。将来ギャラリーやりたいから仕事の話聞かせて、って突然来たんだ。でも彼女ってば、数ヶ月おきにやりたい事が変わるから、どこまで本気なんだか分からないよ」
「そうなんだ……」
「ねえ、ところでその足元の紙袋、もしかして例の物、持ってきてくれたの?」
レイの榛色の瞳がきらきらと期待に輝いている。
「あ、ああ、そうそう。ちゃんと頼まれたもの持ってきたよ」
「……本当に?」
レイは頬をぽおっと薄紅色に染めて俺を見つめる。
やばい、なんで今そういう表情を向けるんだ。
「……レイ、ギャラリーはもうクローズだろう?」
俺は我慢出来なくて、彼を椅子から立ち上がらせると、抱き寄せてキスする。少し強引だったが、レイは何も言わずに目を閉じて唇を合わせる。
「……リチャード、早くユニフォーム着て見せてよ」
彼は俺に向かって甘い声でそう囁いた。
「ここで着替えるのはちょっと無理じゃないか?」
「早く、上行こう」
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