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第8話
レイは待ちきれない、とばかりに急いでギャラリーのドアを施錠し、内側の防犯用ボルト錠を閉め、セキュリティボックスのスイッチをオンにすると、部屋の電気を消して常夜灯のみにした。
「お待たせ」
レイは上機嫌で俺の手を引くと、上階のベッドルームへ向かう。
ベッドルームに入った途端、レイは俺の手から紙袋を取り上げると、中身をベッドの上にぶちまけた。
そしてユニフォームのジャケットを手に取ると、しばらくそれを眺めた後、おもむろに胸に掻き抱いてじっとしていた。
「レイ?」
彼がじっとして、あまりにも反応がないので、心配になって声を掛ける。彼はゆっくりとこちらを振り向いたが、その瞳は涙に濡れていた。
「どうした……? 俺、何かした?」
俺は心配になってそう尋ねる。知らないうちに、何か彼の気に障るようなことをしたのだろうか?
「違うんだ……僕、ヘンドンのセレモニーの日のこと思いだして……あの日からの5年間、ずっとリチャードのことが好きで……まさかリチャードが恋人になってくれるなんて、全然思ってもみなかったから……思い出したら胸がいっぱいになっちゃって」
そう言って、レイはぎゅうっとユニフォームのジャケットを抱き締めた。まるで俺自身を抱き締めるみたいに。
「……これ、着て見せて」
しばらくじっとしていたが、ようやく胸から離すと、泣き笑いの表情で俺にユニフォームを手渡した。
「……また着てるところが見られるなんて、夢みたいだよ」
俺はレイからユニフォームを受け取ると「バスルーム借りるよ」と言って中で着替え始めた。
着替えてみて分かったのだが、意外とあの頃から体型は変わってないらしい。正直あれから6年も経ってるので、ボトムスなんてキツくなってるんじゃないか、と心配だったのだが、案外丁度良かった。ジャケットもきちんとボタンが閉まる。
少なくともレイから「ビール腹になった!」と責められる事はなさそうだ。
だが、6年前に比べれば、明らかに俺も年齢をそれなりに取っている。
あの日、レイが俺を見て恋に落ちたのは、あの頃の俺が彼の目には少なくとも良く見えたからだ。セーラに言わせれば王子様に見えたんだろう、ってことだったけど。
その頃に比べたら、今の俺は到底どう見たって王子様には見えそうもない。中年に一歩足を踏み入れかけてる、ただの二十台後半のしがない男に過ぎない。
このユニフォーム姿を見せて、レイをがっかりさせたりしないだろうか。
俺は突然心配になってきた。
彼の中の思い出を壊して、落胆させてしまうのが一番怖かった。
「リチャード、着替えた? 早く見せてよ!」
レイが待ちかねたように声を掛けてくる。
俺は覚悟を決めた。
バスルームのドアを開けてベッドルームへ入ると、レイはベッドの端に腰掛けて足をぶらぶらとさせ、手持ちぶさたに待っていたが、俺の姿を見て動きを止める。
そのまま息を呑んで、じっと俺の事を見つめていた。
「……レイ、がっかりした?」
「……何で? 何で僕ががっかりするの?」
「だって、もう6年前の……あの頃みたいな若々しい俺じゃないし。そんなにこのユニフォームだって似合ってないだろう?」
俺の言葉に驚いた顔をして、レイが立ち上がる。だが、そのままじっと視線はユニフォームに釘付けだ。全然俺の顔なんか見てなかった。
そっと彼は手を伸ばして、俺に触れる。いや、正確にはユニフォームのジャケットに触れた。そのまま素材感を手の平全部で楽しむように、ゆっくりと胸から肩、腕へ動かした。
その間のレイの表情は恍惚感に満ちていて……こんな表情を見せられて、平気でいられる訳がなかった。
「……レイ」
俺はレイの肩と腰に手を回して、ベッドに押し倒そうとする。
が、意外なことにレイはその小柄で華奢な体のどこにそんな力があったのか、と言うぐらいの力強さで体を入れかえると、反対に俺のことをベッドに押し倒した。
「レ、レイ……?」
初めてのことに俺は戸惑って、思わず間抜けな顔で彼を見つめる。
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