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第10話
3.
僕の目の前にある一着のMETの濃紺のユニフォーム。そっと手を伸ばしてそれに触れる。
昨晩、このユニフォームを彼は着てくれていた。
あの頃と全然変わってなかった。
すらりとした体躯、知的な顔立ち、綺麗なブロンドヘアと深い蒼い瞳。
僕を見つめるその瞳はすごく優しくて、心の中まで見通してしまいそうなくらい、真っ直ぐだった。
彼はいつも、いつだって僕を大事にしてくれる。
まるで僕が5年の間、ずっと独りぼっちで苦しんでいた事に対する償いをするみたいに。
今朝、彼はオフィスに行く前に僕にこのユニフォームを手渡すと「悪い、クリーニングに出しておいてくれるかな」と頼んできた。
僕は彼に頼まれごとをされるのは嫌いじゃない。
だって、彼に信頼されてる、って証拠だろう? 僕は「いいよ」って頷いて、このユニフォームを受け取った。
ハンガーに掛けられていたユニフォームのジャケットを外して手に取る。
少しの間見つめた後、ぎゅっと抱き締めた。まるで彼自身を抱き締めるみたいに。
僕の鼻先にふんわりと、リチャードの匂いがした。その匂いを嗅ぐだけで胸がぎゅうっとなる。
――こうしていると、まるで彼に抱かれているみたい……
目を閉じてユニフォームに頬ずりする。何だか悪いことをしているみたいで、心臓がどきどきした。
――リチャードにクリーニングに出しておいて、って言われたけど……
僕はもう一度ユニフォームに顔を当てて匂いを嗅ぐと、ハンガーに元の通りに掛けた。そして、ワードローブの中にしまい込む。
もう少しだけここに置かせて。
僕の服にリチャードの残り香が移るくらいの間は。
いいよね、リチャード。
どれくらいの間、彼と一緒に居られるのかなんて分からない。
彼は元々ストレートだし、ある日男の僕に飽きて女性に心変わりしないなんて、絶対に言い切れない。
いつかそんな日が来るかもしれない、って心のどこかで僕はいつも恐れてる。恐れながら覚悟もしてる。
だから今の幸せな時間を精一杯楽しんでる。
僕の心がリチャードで一杯になって、満たされて、もう幸せでどうしたらいいのか分からないくらい、彼のことをずっと考えていたい。
一分一秒でも長く一緒にいて。同じ時間を共有して。
リチャードも僕のことだけを考えていて。少しでも長く。
僕はワードローブの扉をそっと閉めた。
中に閉じ込めたのは、僕の切ないリチャードへの想い。
今だけは彼を独り占めさせて。
きっとリチャードも許してくれるよね?
僕は目を閉じて、彼のユニフォーム姿を永遠に心の中に刻み込んだ。
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