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お弁当

「あつつつつ……」  ずっしりと重いタッパーから、湯気が立っている。少し温めすぎたみたいだ。 「いただきます」  誰もいない休憩室でひとり、手を合わせる。  仕事中のお楽しみ、お弁当。ただし今は深夜なので、夜食ということになる。  夜勤の日は、だいたい冬治がお弁当を作ってくれる。今日は麻婆茄子丼だ。  大きなスプーンで頬張れば、茄子に染み込んだ油と肉味噌のうまみが口いっぱいに広がる。鼻に抜ける山椒もさわやかで、すぐに次を頬張りたくなる。  最初のころは、色とりどりのおかずがたくさん入った、それはそれは手の込んだお弁当だった。同僚からは『愛妻弁当』なんて言われて、顔を真っ赤にしてたなぁ。違わないんだけどね。  冬治にも仕事がある。テレワークとはいえ、家にいる間ずっと暇なわけじゃない。だから「簡単なのでいい」と話したことがあった。冬治は「あれより簡単にはならない」と言って譲らず、相変わらず『愛妻弁当』を作ってくれていた。  事態が動いたのは、三か月ほど前。確かこんな会話だった。 「冬治、今日もお弁当ありがとうね。おいしかった」 「んー」 「それでね。ちょっとお願いなんだけど、最近あの量だとちょっと足りなくて」 「ん? 」 「だからもっとガツンとしたのが食べたいんだよね。夕飯みたいなさ」 「……」 「もしよかったらなんだけど、冬治の夕飯と同じやつにしてくれない? 」 「そっか、わかった」  ……なんとあっさりした会話だろうと思っていたけれど、そう言えば日勤に出かける前の話だった気がする。眠かったんだろうね。出かける直前に頭をなでられるなどの奇行もあった。  次の夜勤からは夕飯ぽいものがお弁当に詰まっていた。豚の生姜焼きだったと思う。  頼んでから気がついたけれど、このお弁当と同じものを冬治は食べてるんだよね。僕専用のお弁当も嬉しいけれど、違う場所にいても同じものを食べているというのも、別のときめきがある。  ところで、量が少なく感じたのは本当だ。ここの病棟での夜勤にも慣れて、少しずつ緊張しなくてもよくなってきたから。それでも、一番は冬治の負担を減らしたい一心だった。どんな伝え方をすればいいのか試行錯誤していたら、半年以上もかかってしまったのだけれど。 「ごちそうさまでした」  食べ終えると、まっすぐ給湯室に向かう。お弁当箱を水でざっとすすいだら、スポンジに洗剤をつけてこする。お弁当を作ってもらいはじめてから、ずっと続けている。  冬治は「弁当箱くらい誤差」と言って、やらなくていいよオーラを出していた。けれどそこは、作ってもらっている身として譲れず、「昔からの習慣で」と噓をついて押し切った。お互いの高校時代を知っている冬治には効かないと思ったけど、冬治が少し首をかしげただけで終われたのはラッキーだった。  お弁当箱をしまい、冬治にメッセージを送った。 『マーボナス、おいしかったよ。今日もありがとうね』  すぐに既読がつく。 『お粗末様。全部食べれたか?』 『うん。ちょうど良くお腹いっぱいになれたよ』 『よかった。  後半もがんばれよ』 『ありがとう。おやすみ、冬治』 『おやすみ』  休憩が明けるまで、あと一時間。  お腹と心を満たしたせいか、意識が遠のくのを、いつもよりも早く感じた。

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