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おはようのあとに（R-18）
先ほど開けたばかりのカーテンを締め切り、部屋に入る光を遮った。
もうすぐ朝の九時だ。遮光とはいえ、隙間から日差しが漏れており、おおよその家具の配置がわかる程度に明るい。ベッドの端に座っている春輝の隣に、俺も座る。
「ほんとに、立てなくなるよ？ 」
両手の指をぎゅっと組んで、春輝ががおずおずと言った。下を向いたまつ毛が小刻みに震えている。
頬に指の背を滑らせると、ぴくりと肩を跳ねさせてこちらを向いた。視線がぶつかる。
怯えた小動物のような仕草には、およそ似つかわしくないあれやこれを知っている身としては、楽しみで仕方がない。
「立てなくなるってどのくらいだよ。今ここでやってみせろ」
目を閉じてくちづけると同時に、自分の腰の重さで春輝を押し倒した。
一緒に住みはじめて一年。
俺は春輝に、一度も抱き潰されたことがない。
次の日に腰が立たなくなったことはないし、身体じゅうに跡をつけられたこともない。かといって、物足りないというわけでもない。
春輝はいつも、俺の身体を気遣って、セーブしている。それだけで恋人冥利に尽きるというものだ。愛されているという自覚は、勝手に身体の満足度まで上げてしまう。まったく厄介だ。
春輝のすみずみまで満たしてやりたいというのに、春輝がそれを止めている。
俺が気付かないとでも思っているのか。
くちびる同士の軽い触れ合いだったものが、徐々に深度を増していく。吐息は湿度を帯び、お互いの体温の上昇を感じる。
「立てなくなったら、その、困るでしょ」
「困らない。俺は明日も休みだし、二日立てなくても寝ながら仕事できる」
「……っ！」
春輝の中心に触れる。やわやわと撫でていると、柔らかい布地の下で徐々に主張が強くなっていく。
「だめだよ、冬治」
「……やらないのか」
「やってもいい、けど、抱き潰すのはちょっと……」
春輝が潤んだ瞳をそらす。これではどちらが抱く側なのかわからなくなってくる。
「今日は春輝の好きなように動け。いいな」
「っ！だめだって！」
「いいから早く抱け」
寝間着と下着を乱暴に下ろす。半ばまで勃ち上がったそれのてっぺんに、小さくキスを落とした。頂点をくちびるで柔く挟み、舌の先で撫でる。唾液と先走りが混ざって滑りがいい。
口に含んだ水分を広げるように、上下に扱く。舌の中央のざらつきで撫で上げれば、足の付け根がひくひくと震えた。
むせかえるような春輝の匂いが、目の前に広がる光景が、期待が、背後の疼きを増幅させる。
「……う、ぐっ」
堪えるような呻き声が、春輝の喉の奥から漏れ出る。
ちらと見やれば、目を腕で覆い、歯を食いしばっていた。
「力抜け。大丈夫だから」
シーツを握りしめる春輝の手の甲をさすってやる。徐々にほどけていく指を横目に、空いている手で春輝自身を刺激した。指をうねらせながら、上から下へ、下から上へを繰り返す。先走りが指にまとわりつき、水音は大きくなっていく。
いつの間にか春輝のものは反り返り、口に含むことも難しくなってきた。
頃合いかというところで、シーツからほどけた指が、俺の指の間にするりと忍び込む。
「とうじも……」
熱に浮かされたような紅い頬。ぎゅっと寄った眉根。くたりと投げ出された四肢。それらすべてが劣情を煽る。
「俺は……平気。自分でやる。春輝のが終わったらな」
そう言って、ベッドサイドのコンドームを手に取る。手が滑ってなかなか開かない。
手こずっていると、春輝の手が伸びる。
「いいよ、やるから。とうじも、やってて」
袋が春輝の手に渡ると、不意を突いたようにくちづけられた。
ピリ、と小気味いい音がして、袋が開く。
着ていたものをすべて脱いで、ベッドの外に放り投げた。
自分で自分の背後に指をあてがう。奥が疼いて欲しがっているのがよくわかる。慌てるな、と自分に言い聞かせながら、外側の皺をひとつひとつ伸ばす。
「……あ」
手についた春輝の体液と自分のを混ぜて、潤滑油代わりにする。指を差し込むと、快感に声が漏れた。浅いところを撫でているだけだというのに、もっと、早く、今すぐ、欲しい。そんな感情に支配される。
しかも、春輝が目の前で準備をしている。期待と興奮で、疼きは最高潮に達していた。自然と指の動きも大胆になる。それに合わせて、腰も大きく波打つ。
「……できたよ」
その声が聞こえるまでが、とても長く感じた。返答をする余裕もなく、待ってましたとばかりに咥えこむ。
「ふ、う……ぐっ」
自分の体重で迎え入れる。一瞬、痛みに呻くと、春輝が心配そうに手を重ねてきた。
愛しさのあまり、手を握り返す。痛みはほとんどなくなった。
すべてを受け入れるころには、圧迫されている内側を中心にして、全身に快感が広がっていた。
「……いいぞ、動いて」
「でも、まだ痛いんじゃ」
焦れったい。自分の恋人ながら、怒りすら覚えるほどに。
「なら、こっちから」
律動を開始する。襞を絡みつかせながら大きく引き抜くと、一度穿たれたものが去り、寂しさで叫び出しそうになる。その寂しさを満たすように、また迎え入れる。
「……あ、っああ」
寂しいと幸せを行き来する。
何度か繰り返すと、寂しさが声に乗って押し出されていったようだ。引き抜く瞬間も愛おしさが込み上げてくる。律動は徐々に激しさを増した。
そんな中、涙目の春輝が懐かしい名を呼んだ。
「ふ、ふゆくん……」
高校時代の、俺の呼び名。春輝が勝手につけた、子どもっぽい呼び名だ。
「おい」
「ふぇ？」
「名前で呼べよ」
思わず語気が強くなる。この呼び名より、本名で呼ばれたいからだ。特に春輝からは。
春輝には、俺のことを名前ごと掴まえていてほしいから。幼かったあの頃ではなく、今の俺を。
春輝はゆっくりと目を開くと、俺の腰に手を回して起き上がった。衝撃で息が漏れる。
「……ごめんね、冬治」
耳元で、春輝の声が響く。背中をなでながら、春輝が「冬治、ごめんね」と繰り返す。
まるで子どもをあやすような動作のはずなのに、身体じゅうを快感が走り抜ける。
「とうじ、とーじ」
「んぁ？」
「ふふ、きもちい？」
息が整わない。そのくせ、口の端に笑みがこぼれる。
自分の名前を呼ぶ甘い声が、頭の中で渦巻く。渦はどんどん大きくなり、意識ごと飲み込んでいく。
「背中、好きだもんね」
ただ背中をなでていただけの手つきが、愛でるような、そして焦らすような愛撫へと変わった。やわらかな指先がするすると滑る。滑った軌跡に小さな花が咲いていくように気持ちいい。
「とーじのなか、きもちい」
下から突き上げられる。動きはまだ緩慢で、馴染ませているようだった。
内側が焦れる。まだまだ足りないとばかりに、腰つきが大胆になっていった。
甘い痺れから逃れようと、上半身が反りながら、律動はやめられない。それを逃がさないとばかりに、締め付ける腕の力も強くなる。
内側からの刺激に溺れそうになっていると、胸の突起に春輝の舌が這った。敏感な場所だけに、濡れて柔らかいものが触れるだけで気持ちいい。
「きもちいの？」
上目遣いで言い当てられ、どきりとする。答える代わりにくちづけた。誤魔化し半分、愛しさ半分だった。
長いキスの間も、春輝は胸元の刺激を止めなかった。唾液で濡らした場所を指先で焦らされ、つつかれ、執拗にこねられた。
やめろとも、やめるなとも、言えなかった。
「んっ、んんう」
突然、目の前で火花が散った。足元がおぼつかなくなるような不安に襲われて、思わず春輝の肩にしがみつく。
春輝が何か言ったようだが、聞き取れなかった。自分の呼吸がうるさいほど乱れている。
「ん、ふ、服」
春輝のTシャツの裾をつかむ。臍周りに大きなシミができていた。
「なぁに？」
「こすれて、ジャマ」
「ああ、ごめんね」
そう言うと、着ていたTシャツを頭から脱いだ。引き締まった上半身が、露わになる。
元水泳部で、今は力のいる小児科病棟勤務。通勤はロードバイクだというのだから、少し見とれていても怒られないはずだ。
惚れ惚れしながら、首筋から胸、腹、最後に腰骨と、指を滑らせる。
腰に腕を回して身を寄せれば、互いの汗が混じり合い、吸い付いて離れない。うなじを滴る汗を見つけ、思わず舌を沿わす。
「ふふ、こら」
しょっぱいままのくちびるを奪われた。そのまま舌が侵入してきて、求められるまま舌先を委ねた。くすぐるような愛撫が続いたかと思えば、嚙みつかれるかと思うほどの激しさに変わる。
どちらのものともわからない雫が口の端から落ちて顎を伝う。一筋零れると、あとからあとから溢れ続けた。雫は鎖骨まで達して、ようやく止まった。
吐息の熱さと気持ちよさで、だらしなく口を開けたままになる。
「一旦楽な姿勢になろ」
ね、と念押しに背中をぽんぽんと叩かれた。朦朧とした頭で頷くと、背後のものをずるりと引き抜かれる。と同時に、力なく枕に倒れこんだ。行く当てのなくなった両手が、仕方なく寝具を掴む。
「好きだよね、それ」
うつ伏せの姿勢を見た春輝が言った。
「僕も好き」
そういう割には、腰骨を両側から掴んで持ち上げた。
押し付けられるままに、再び飲み込む。先ほどまでとは違う場所を刺激され、違う種類の快感が走り抜ける。
「あ、んあっ、はっ」
達したあとの刺激は、より強く、より深く身体に染み込む。吐く息にのせて少しずつ逃がさないと、気持ちよさに押しつぶされそうだ。
「ね、きもちい？」
今日はやけに同じことを聞いてくる。
「……いちいち、きくなっ」
「やだ。ききたい」
圧迫感が強くなる。苦しさに息を吐いてようやく、内側を締め付けているのは自分だということに気づいた。
”それ”を認めて、口に出すことは不本意だ。でも春輝が求めているなら、それに応えたい。羞恥を押し殺して、声を絞り出す。
「は、はっ、きっ、きもちい」
「ありがと。嬉しいな」
春輝がそう言うと、後頭部の髪が少しだけ揺れた。キスが落ちてきたのかもしれない。
それを合図に、ストロークが重さを増した。
「んうう、う、ふっ」
打ち付けられる腰の動きに、不思議と乱暴さは無い。快楽が運ばれてくるだけだ。
最初からそう決めていたように、春輝に身をゆだねた。
やがて、内側で春輝のものがぶるぶると震えながら爆ぜたのを感じた。律動も止まる。覆いかぶさってきた春輝が低く呻いている。
ほっとした。春輝が達してくれた。
春輝が身じろいだので、頭だけで振り返って、つながっていた場所を見やる。
薄い膜に覆われた白濁が、行為の激しさを物語る。それでも、引き抜かれたものはまだ力を失っていない。
暗がりの中、春輝の手が二枚目を探してゆらゆらと漂う。その手を掴まえて、自分のもとに引き寄せた。春輝は視界の端で戸惑っている。
「いい、そのままで」
「えっ」
「ぜんぶ、はるきのぜんぶを、うけとめるから」
欲望だろうと、愛だろうと、なんだっていい。春輝が春輝である限り、その全てを受け止めたい。
「ごめん」
背後から聞こえたかと思うと、視界がぐるりと回転し、春輝を正面にとらえた。
「加減できない」
涙を浮かべ紅潮した頬とは裏腹に、両手はがっちりと腰を捕らえている。
嬉しくて、たまらなかった。
もう一度、貫かれる。律動は先ほどよりも激しく、肌と肌がぶつかる音が響く。
「……っあ、ん、んぐっ」
激しく、けれど的確に、弱いところを突かれる。キスをねだる余裕もない。
早々に目の前で火花が飛びはじめる。何度目かの絶頂の予感に、名残惜しさを感じた。この時間がずっと続けばいいのに。
快楽と寂しさで押し上げられた涙が溢れる。
「泣かないで」
気づいた春輝に頭を抱きかかえられ、流れ落ちる雫を吸い取られた。同時に楔が最奥まで到達し、身体もこころも動けなくなった。
「うっ、ふ、ふうっ」
内側から広がる快感と嗚咽で、浅い息しかできなくなる。その息すら、キスで塞がれる。
はち切れそうなほど与えられた。もう受け取りきれないと意識を手放そうとした瞬間、腰が激しく打ちつけられる。音と衝撃で、はっとした。遠のこうとした意識を引き戻す。
今日は春輝にとことん付き合うと決めたのだから。春輝と離れてしまわないように、必死で背中にしがみついた。
「も、むり」
春輝がそう口にするや否や、熱いものが注がれる。脈打ちながら、奥へと運ばれていった。
やっと、やっと全部を受け取れた。
熱い吐息が耳にかかる。
「きもちよかった」
春輝の言葉を聞いたら、また涙が込み上げてきた。
落ちた涙をすくい上げられて気づく。やけに同じ質問を繰り返していた理由に。
その言葉が聞きたかったんだな、春輝は。
今まで意地を張っていたことを、少しだけ反省した。
相槌の代わりに頬にキスをしてやる。お返しをもらう前に、意識が離れていくのを感じた。
〇◇〇◇
夜。脱衣場から春輝が呼んでいる。服を脱いでいる最中だった。
「なんか、背中が痛痒い？んだよね。ちょっと見てくれない？」
「んー、どれどれ。……うぎっ」
「何？」
「しまっといて、それ」
上がっていた背中側の服の裾を、おもいっきり下げる。
「ちょっと！これから僕お風呂入るんだけど！」
背中一面に大きくついた爪痕のことは、しばらく内緒にしておこうと思う。
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