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むすんでひらいて

※『へべれけ』と同日の朝の話です。  今日、看護師である僕は休み。SEとして働く冬治は普段は在宅勤務だけれど、約一カ月ぶりの出社だった。  こんな日は、僕が冬治にネクタイを結んであげることになっている。今日は濃紺に細い水色のストライプ柄だ。細い方と太い方を両手で持ち替えながら、結び目が三角形になるように整える。 「ネクタイ結ぶの上手くなったな」 「まあね。先生がよかったから」 「……らしいな」  ばつが悪そうな表情で、僕から視線を逸らす。反応がわかりやすくて、思わず微笑んでしまう。 「そうだよ」 「悪い、覚えてなくて」 「いいよ、また覚えてもらえればいいんだから。ほらもう時間だよ」 「……行ってくる」 「いってらっしゃい」  僕にネクタイの結び方を教えてくれた『先生』は、冬治のことだ。僕らふたりの母校は制服がブレザーで、男女ともに同じ柄のネクタイを結んでいた。  中学時代は学ランを着ていたし、手先も不器用。そんな僕にとって、ネクタイの結び方を覚えることはとても難しかった。父に教えてもらったけれど、間違えるとひどく叱られたから、全然上達しなかった。今にして思えば、よくそんな教え方で『先生』なんて呼ばれているものだ、と呆れる。  そんなこんなで、入学式の日はいい加減な結び方のまま家を飛び出した。  父の叱責は振り切れたけれど、ネクタイをうまく結べないもどかしさは残ったまま。ぐちゃぐちゃのネクタイを胸にとぼとぼ体育館に向かっていると、僕を追い越していった男子生徒が、ぎょっとした表情で戻ってきた。頭の上から 「なあ、ネクタイ」  と声をかけてきたかと思うと、あっという間に僕のネクタイを結び直してしまった。あまりの手際の良さに、さすが先輩だなぁと勘違いをした。「じゃ」と片手を上げて行ってしまいそうだったから、その手を掴んで引き留めた。入学式まで時間があるから、と言って結び方を教えてもらった。もう父に叱られなくて済む、と思ったからだった。  入学式が終わって教室に着くと、僕は思い切り変な声を上げた。先輩だと思っていた彼が、同じ教室で座っていたからだ。案の定彼も、変な声の主である僕を見ていた。みんなの注目を適当にごまかして、自分の席に着く。  彼はその辺の男子よりも髪を伸ばしていて、だるそうな表情をしていた。真新しい制服のはずなのに、なぜかこなれた似合い方をしていた。アンニュイとか、ミステリアスとかいう言葉がぴったりの雰囲気に気圧されて、僕はまっすぐ話しかけに行けなかった。  やっと話せたのは、その日の放課後だった。 「あのさ。ネクタイ、直してくれてありがとう」  少し沈黙があって、合点がいったように「ああ」とつぶやく。 「悪い、覚えてない」  ショックだった。聞けば、僕意外にもネクタイを直したそうだ。しかも男女問わず。結び方まで聞いてきたのも、僕を含めて四、五人はいたらしい。  今と全然変わらない仕草で、申し訳なさそうに視線をそらしていた。教室にいたときの雰囲気とは裏腹に、目の前の彼は誠実で年相応に感情表現が豊かだと思った。 「そっか。覚えてないなら、仕方ないね」 「ごめん」 「だから、これからよろしく」 「……え? 」  驚いた拍子に目線が戻ってきた。表情の動きよりも、目線とか仕草とかがわかりやすい人なのかもしれない。 「同じクラスだし。ちなみに今のネクタイはどう? 」  ちょっと胸を張って見せびらかす。きれいな三角形の結び目が、胸元で輝いていた。 「ん、いいと思う」 「よかった! さっき何度か自分で結び直してみたんだよね」 「……ふ、おもしろ」 「笑うな! これでも切実な問題なんだよ! 」 「悪い。なんか、いいなって思ったから」  その日は、門を出るまで話しながら帰った。  初日に話した人とはあまり仲良くなれないと思っていたけれど、冬治とはなんだかんだ付き合いが長くなった。まさか一緒に住むことになるなんて、この時は思いもよらなかった。  さて、休みとはいえ、夕方からやることがある。昨日買ってきた一升瓶を取り出して、テーブルに置く。なぜだろう、買ったときよりも迫力があるような気がする。  今日はいつもより強めのお酒の力を借りて、ちょっとだけいつもと違うことをしてみようと思っている。冬治は喜んでくれるかな? 『へべれけ』に続く

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