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選べるもの、選べないもの
クリスマスでも大晦日でもない、年末だがなんでもない十二月二十八日。俺と春輝は遅めのクリスマスを満喫するため、海の近くのショッピングモールへと繰り出していた。
「で、どれにするか決めた? 」
四軒目の服屋を出ると、春輝がそう聞いてきた。今日の恋人は、紺色のダッフルコートの下にハイネックの白いセーター、厚手のデニムパンツに、最近買ったらしい真っ白なスニーカーを合わせていた。夜勤明けにぱぱっと着替えていた割に、奇をてらったところはなくシンプルで、すっきりとまとまったスタイリングだ。どれもよく似合っている。
春輝のファッションを横目に、俺はたっぷり二軒先の店を通り過ぎるまで考えたあと、
「どれもいい、と思う」
と答えた。考えあぐねている俺を見かねたようで、春輝は眉を八の字にしてこう言った。
「じゃあ、決めるのはお昼食べてからにしよっか」
十四時に手が届きそうということで、昼飯は飲茶になった。時間のおかげか、あまり待つことなく座れた。運ばれてきた水のつめたさに驚く。今年一番の冷え込みのこんな日に、わざわざ氷を入れなくてもいいのに。
「なかなかいいの見つからないね、マフラー」
「違うんだ、俺が決められないだけで」
つい、大きなため息をついてしまう。
「そう? どれ試着しててもモヤっとした表情してたけど」
「真剣に考えてるだけなんだけどな……」
今日のメインイベントその1は、俺のマフラー探しだ。夏ごろにツーブロにして以来その髪型が気に入って、冬になっても髪型を変えなかったせいで、今とても寒い。自分のことを出不精と自覚しているが、使い古したネックウォーマーが貧弱で、ますます外に出たくなくなった。とはいえ仕事は在宅。新しいマフラーを買うタイミングを逃したまま、クリスマスを迎えようとしていた。そんな俺を見て、春輝がクリスマスプレゼントにマフラーはどうか、と提案してくれたのだった。
メニューを開くと、肉シュウマイがメインのAセットと、海老シュウマイがメインのBセットが見開きで掲載されている。昨日の晩メシは肉だったし、こんなに大きな海老が乗ったシュウマイはなかなか食べられない。そんなことをぼんやりと思い出しながら、なんとなくBセットを頼んだ。春輝はというと、特にセットは頼まず、いくつか写真を指さしながら注文していた。
店員が厨房の方に行ってしまうと、また俺はため息をついた。
「だめだ、春輝が選んでくれ」
「えっ、やだよ」
思いがけない拒否に、返答に詰まる。
「自分で選びなよ。その方が大切にできるから」
「……そう、だけど」
それから春輝は、気に入った色はないのかとか、手触りはどうだとか、決め手になりそうな要素をあれこれ質問してきた。質問の答えを相手にしゃべらせることで、何を求めているのかを聞き出そうとしているらしかった。俺も仕事でよくやる。要件定義の前段階のやつだ。
春輝の話術が下手なわけではない。むしろ、いつも子どもの相手をしているからこその切り口や、粘り強さがあって勉強になる。春輝が看護師を辞めたら、うちの会社にスカウトしよう。上司も喜ぶと思う。
質問攻めにあっているうちに、料理がテーブルに届いた。そもそも求めているマフラーの要件が、俺の中で定まっていないことがわかった。観念したように、ふたりで目の前の料理に手を合わせる。
「使ってみて違うなーって思ったら、僕がもらってあげる」
「春輝の四本目になるのか。そう思えば気楽だな」
「この前ひとつ手放したから三本目です。まじめに選んでください」
「手放してる……! 大切にしてない……! 」
こう見えて春輝は着道楽だ。しょっちゅう服を買ってきては、着まわして楽しんでいる。引っ越しの時に大々的に処分したのは知っていたし、着ている服の種類の多さのわりにクローゼットは片付いているから、それなりの頻度で手放していることには合点がいった。
マフラーも例に漏れず、三種類ほど見たことがある。手放したというのは、最近見ていない柄の癖が強いあれだろうか。
「しっかり選んで大切に使ったうえで、僕の手元にない方がいいと思ったからフリマアプリで売ったの! 」
「なっ、なんかずるい! というか、手放すなら俺に譲ればよかっただろ」
「それだと冬治とデートできないでしょ! 」
「そんな口実なんかなくたってデートしてやるよ! 」
そのあとは、ふたりとも黙々と食べ物を口に運んで、さっさと店を出た。
結局、紺色のマフラーを買ってもらった。春輝が今日着ているコートと同じ色だったから、それにした。理由は特に聞かれなかった。それだけのことなのに、なぜだかほっとした。
それはそれとして、タグを切ってもらったばかりのマフラーを俺の首にかけるのはずるいと思う。
夜。今日のメインイベントその2が終わり、だらだらとした時間が流れる。さきほどまでは、ダイニングテーブルに、CMに出て来そうなほど理想的なクリスマスディナーが広がっていた。その証拠に、チキンの骨と半分になったショートケーキが残されている。
空になった皿を片付けながら、春輝はこう言った。
「来年はもっと豪華にやりたいね」
「春輝の休みがクリスマスに間に合ったらな」
そう返すと、ふたりで吹き出した。こいつは来年も俺といるつもりなんだと思うと、余計におもしろかった。
「だいたい、去年の年末年始はどうだったんだよ」
「クリスマスも年越しも仕事」
「おととしは? 」
「同じく」
「……わざと? 」
「シフト組む人はわざとやってるかもね」
それを聞いて、またふたりで笑った。年末年始も春輝を働かせている病院には、全然笑えなかったが。
「春輝、年始はどうする? 」
「あれ、言ってなかったっけ。大晦日から元日にかけて夜勤なんだ」
「そっか。じゃあ初詣行くなら夕方か夜だな」
「あれ冬治、帰省しないの? お父さんひとりでしょ? 」
「毎年正月はひとりだしな、それぞれ。向こうもよろしくやってんだろ」
「ふぅん」
「春輝こそ、三が日のうちに顔出しに行かないのか? 元日が夜勤明けなら、二日は休みなんだろ? 」
「うーん、うちも……いいかな」
歯切れが悪いことは、指摘しないでおこうと思った。今までの年末年始も、帰省しないために働き詰めにしたのだろうか。本当にそうだったとして、春輝が欲しい言葉は指摘ではないはずだ。
「ん。テキトーにおせち買って、だらだら過ごすか」
「そうだね」
食べるもの、着るものは選べても、生まれてくる家族は選べない。それが痛いほどわかるから、選べる相手として今を一緒に過ごそうと思う。
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