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第6話

 The Diary of Lord Wimborne/ウィンボーン卿の日記・2  僕の可愛い人。僕は生まれて初めての感情を、この胸に抱いている。あの日、あの卒業コンサートで出会った愛おしい人。僕はコンサートが終わってすぐに楽屋へ足を運んだ。 「こんにちは、ミス・クリフォード」  楽屋で化粧を落としていた彼女は、突然の訪問者に驚いて振り返った。さらさらと美しい金髪が肩から流れ落ちている。振り返った彼女の知性的な顔に、深い色を湛える綺麗な二つの蒼い湖があった。 ――なんて美しい瞳なんだ。 「あ、あの……どちら様でしょう?」  舞台の上の堂々とした態度からは想像出来ないくらい、おどおどとした口調で彼女はそう尋ねる。 「僕はロード・ウィンボーン……いえ、フランシスと呼んで下さい。ギルドホール音楽学院のパトロンを務めている者です。今日のカルメンを見て、あなたの歌に聴き惚れました。なんという素晴らしい才能でしょう。ぜひあなたのパトロンにならせて頂きたいと思い、不躾ながら楽屋まで押しかけました」 「フランシス様……失礼しました。そんな高貴な方がわざわざ楽屋まで……」  彼女が慌てて立ち上がろうとするのを、僕は手で制して「お座りになったままでどうぞ」と声を掛ける。 「……あ、ありがとうございます」  彼女はぽおっと頬を染めて俯く。その様子はまるで野に咲く一輪のたおやかな百合のようだった。  だが、嬉しそうな表情を浮かべたのもつかの間、彼女は少し困ったようにこう言った。 「フランシス様、お申し出は本当に有り難いのですが、実はもうサー・アルフレッドがパトロンとして付いて下さっていて……」 ――何てことだ! アルフレッドが?  僕は愕然とした。アルフレッドは母方の従兄弟だった。彼は僕よりも年上だが、爵位は下だ。僕が横から彼女を掻っ攫ったところで構わなかったが、血縁関係があるだけに、後々面倒なことになりそうだった。  それにしてもどうして、あいつが彼女を? 確かにあいつがこの学校のパトロンの一人であるとは知っていたが、まさかそんなに早くから彼女を見初めていたなんて……迂闊だった。大体あの男は、手が早くて有名なんだ。何とか出来ないものか…… 「ミス・クリフォード、アルフレッドには僕から話をつけます。もしも上手く話がついたら、僕があなたのパトロンとなるのをお許し願えますか?」 「あの……勿論です。勿体ないお言葉をありがとうございます」  彼女のおどおどとした態度が一変する。まるで大輪の薔薇のような華やかな笑顔を僕に向け、可愛らしい声で礼の言葉を口にしてくれた。  なんて愛らしい人なのだろう。僕は彼女のためなら何でもするだろう……いやしてみせる。まずはアルフレッドと話をつけるのが先決だ。そこから先は……  僕は彼女の蒼い瞳を見つめながら、幸せな未来を想像していた。

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