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第10話
The Diary of Lord Wimborne/ウィンボーン卿の日記・4
エレノア・クリフォードと出会ってから半年が過ぎた。
ギルドホール音楽学院を卒業した後、彼女はロイヤルオペラハウスやロイヤルアルバートホールで上演されるオペラの舞台に立つようになっていた。
彼女はまだまだ駆け出しの新人だと言うのに、最近では時折準主役級の役まで貰えるようになっていた。オペラ歌手の層が厚い英国において、それは非常に稀な事であり、彼女がこんなにも早くにスターダムの階段を上るとは、正直僕自身思っていなかった。彼女のこの躍進は僕がパトロンを務めているから、という理由だけではなく、きっと彼女の実力とその美しさが人々の心を惹き付けて止まないからであろう。
彼女の美しさは僕だけが知っていれば良い。時には嫉妬心混じりのそんな気持ちを感じてしまう程に、今や僕は彼女に入れ込んでいた。彼女は自分の出演が決まると、必ず連絡をくれた。それは僕が彼女のパトロンだから連絡をしている、という義務以上の感情があると期待してもいいのだろうか?
僕は出来るだけ時間を空けて、彼女の舞台を観に行った。
そして終演後は、必ず楽屋に挨拶のために顔を出した。彼女は毎回僕が行くと、とても嬉しそうに迎えてくれて、今日の舞台はどうだったか? と謙虚だけれど、どこか甘えた様子で尋ねてきた。僕はそんな彼女の愛らしい態度にすっかり参っていた。
ある晩、終演後にいつものように花束を持って楽屋を訪ねた。
僕は半年間、この日の為にずっと自分の気持ちを抑えていた。彼女の気持ちが分からなかったし、何よりもタイミングを間違えてはいけないと慎重になっていたからだ。この半年、しっかりと彼女を見続けてきて、そしてきっと成功するだろうと確信を得た。僕は、今日こそ彼女に絶対に言おう、と心に決めた。
楽屋のドアをノックして名乗ると「どうぞ、入って下さい」と聞き慣れた美しい声が中からした。
僕は楽屋に入って、いつものように挨拶を終えて花束を渡してから、彼女がどんなに今夜は美しく、そして素晴らしい歌い手であったかを讃えた。彼女はいつものようにうっとりとした様子で言葉を聞き終えると、控え目な態度で「ありがとうございます。いつも褒めて頂いてとても嬉しいです」と言った。
僕はそんな彼女の両手をそっと取ると「エレノア、僕と今晩食事に付き合ってくれませんか?」と尋ねた。
彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに「喜んで」と嬉しそうに答えてくれた。
僕には分かっていた。彼女のこの答えは、僕の気持ちを受け入れてくれた、ということなのだと。彼女は僕がそう尋ねるのを、今までずっと待っていてくれたのだと。
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