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第12話

 ある英国人スパイの告白・2  一体どれくらいの時間が経ったのか。私はゆっくりと体を起こす。冷たくじっとりとした石の床に、薄っぺらいブランケットが一枚だけ敷かれて、その上に私は寝かせられていた。頭に違和感を感じて手で触れると、包帯が巻かれていた。  そうか、と思い出す。  私は伝書鳩を放つため、町外れの荒れた農場まで夜陰に紛れるようにして向かったのだ。そして鳩を空へ放した直後にドイツ兵に見つかり……  ずきん、と銃の台尻で殴られた箇所が痛んだ。  私は虜囚になったのか。  まだ生きていられたというのが正直驚きだった。あの場で射殺されていたとしても不思議ではない。  やはり、私は運が良いのだ。  私はゆっくりと立ち上がろうとしたが、その場にだらしなく倒れてしまう。 「……どうして?」  思わず呟いてしまう。左足に力が入らない。見ると今まで気付かなかっただけで、足首の周りにも包帯がぐるぐるに巻かれていた。それを見た途端に、ずきずきと痛みを感じ始める。痛い、と思っていたのは頭だけではなく、足もだったのだ。頭を殴られたのが原因で、痛みを感じる機能がおかしくなったのだろうか? どうやら足は骨が折れるかヒビが入るかしたらしい。落ち着いてきてみると、体中に鈍痛も感じていた。  多分、あの後……頭を殴られて昏倒した後に、ドイツ兵に全身を殴られるか蹴られるかしたのだろう。  私はどうなってしまうのだろう……常識的に考えれば、私から必要な情報を搾り取った後に銃殺刑だろう。だが私から必要な情報なんて、何一つ得られる訳がない。祖国を出る時に私は誓ったのだ。この命は祖国へ捧げると。奴らに捕まった時点で、もう死んだも同然だ。ならばこれ以上何かが起きたところで、私の決意は変わらない。  私は腹を括った。  何が起きても、これ以上悪い事などないのだ。  天井近くの壁に四角く切り取られた小さな窓の向こう側から、微かに雨音がしていた。

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