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第20話

 The Diary of Lord Wimborne/ウィンボーン卿の日記・7  僕がエレノアにプロポーズしてすぐに、彼女は僕が所有している西ロンドンのフラットに引っ越してくれた。僕はロンドンに、幾つか不動産を親から受け継いで持っていたのだけれど、そのうちの一つが今まで手つかずのままだったので、手を入れてフラットにして貸し出すことにしたのだが、その地上階をエレノアの新居としたのだ。  ここならば僕が仕事でロンドンにいる間、一緒に過ごせる。そして屋敷にこれから先、戻る必要がなくなっても、二人で暮らしていくには充分な広さがあった。  最初は難色を示していたエレノアも、仕事場にしているロイヤルオペラハウスやロイヤルアルバートホールへも近く、通勤の面から見ても理想的な立地だったので、最後には僕の提案に首を縦に振ってくれた。  そして、彼女がフラットに引っ越して間もないある日、僕が仕事を終えてフラットに戻ると、彼女が嬉しそうに出迎えてくれた。 「何か良いことがあったの?」  僕が尋ねると、エレノアは頬を薄紅色に染めてこう言った。 「フランシス、あなたが欲しがっていたものが手に入るのよ?」 「僕が欲しがっていたもの? 何だろう?」  とぼけてそう言ったけれど、内心もしかしたら、と思い当たる節があったので、どきどきしていた。でもこれは彼女に言わせた方がいい。いや、彼女の口から良いニュースを聞きたい。 「……赤ちゃんが出来たの」  僕は彼女をぎゅっと抱き締めた。 「嬉しいよ。最高のニュースだ! 僕たちはファミリーになるんだね……」  僕がずっと欲しかった、僕だけのファミリー。僕と子供とエレノアと。  幸せな未来図が僕の目の前に広がる。なんて素晴らしいんだろう。季節が良い頃になったら、ピクニックに行ったり、ハイキングに行くのもいいな。夏のホリディは海辺に連れて行ってあげて、浜辺で砂遊びを思う存分させてあげたい。秋になったら僕の屋敷の森を散策するのもいいだろう。そして冬になったら、雪合戦をするんだ。  それは全部、僕が子供の時にやりたかったことだった。  どれも子供時代の僕がやりたいと、心から願って出来なかったことばかりだったんだ。  僕の親は僕がやりたいこと、願うことを何一つさせてはくれなかった。全て彼らが僕にやらせるべき、と思ったことだけを無理強いさせられてきたのだ。だから僕の子供には絶対に子供らしい、子供だったらみんなやりたいって思うであろうことを、自由にやらせてあげたかった。 「いつが予定日なの?」 「10月18日ですって」 「そうか、楽しみだね。仕事はどうする?」  僕は少し気になってそう尋ねる。  エレノアは何よりも歌が好きだった。彼女は今も定期的に舞台に立っている。だが、この先はそうもいかなくなるだろう。  僕は彼女から一番好きな歌の仕事を奪ってしまうのが、とても辛かった。 「とりあえず、今出演している公演はそのまま続けるわ。でもその後は、少しお休みしようと思うの。生まれた後の事は、またその時に考えればいいと思うし、今はこれから生まれてくる赤ちゃんのために時間を使いたいわ」 「そうか……そうだね。エレノアは疲れやすいから、大事を取った方がいい。僕がいる時ならいいけれど、もしも仕事でいない時に何かあったら、すぐに病院に行くんだよ。いいね?」  僕は心配して言った。  エレノアは体が弱く、公演中もよく疲労から体調不良を起こしていた。だが彼女はプロ意識が強いので、そうなってもなんとか立て直して公演を休むようなことは一度もなかった。その代りに公演が終わると、それまで蓄積していた疲労が彼女を一気に襲った。数日間寝込んだまま、ということも珍しくはなかった。  これからは今までのようにはいかない。妊娠中というのは、いつも以上に体調面がデリケートになる。無理して彼女と子供に何かあったら、と思うと僕はいてもたってもいられなかった。  彼女は自分の体を誰よりも知っている。だからこそ、どんなに好きな仕事であっても、しばらく休むと即座に決断出来たのであろう。  僕はエレノアを抱き締めながら、まだ見ぬ我が子を思い胸が熱くなった。

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