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第28話

「おい、リチャード帰るぞ」  眉間に皺を寄せたハワードがリチャードの肩を小突く。 「あ、ああ。分かった」 「またお尋ねしたいことが出来たら来ますので、ご協力お願いしますね」  ハワードはポールの嫌味に対抗するように、無愛想にそう言うとソファを立ち上がる。 「協力はしますけど、もう尋ねたくなるようなことは何もないと思いますよ」  ポールも負けじと言い返した。ハワードの眉間の皺が深くなる。ぐっと堪えて「失礼します」と言うと、大股に部屋を出て行った。その後をリチャードも追う。 「くっそむかつくな、あのじじい」  家を出て車に乗り込んだ途端、ハワードが毒づく。 「落ち着けよ。非協力的な割に、俺たちが欲しい情報は大体手に入ったんだから、いいじゃないか」 「まあな」  そしてハワードがエンジンを掛けようと、キーに手を伸ばした時だった。運転手席側の窓の向こうに、女性が立っているのにリチャードが気付く。 「おい、ハワード」  ハワードもすぐに気づき、窓を開ける。  車の脇に立っていたのは、スザンナだった。 「すみません。あの場では言えなかったことがあるんですけど……」 「後ろの席、乗って下さい」  リチャードがすかさず言う。スザンナは躊躇することなく、後部座席のドアを開けて乗り込んだ。 「実はあの日、私ポールさんを外で見たんです。一日中家にいた、なんて言ってましたけど、あれ嘘ですよ」 「本当ですか?」  リチャードが驚いてスザンナの顔を見つめる。彼女の表情は、至極真面目だった。 「ええ。さっきは言わなかったんですけど、顧客とセルフリッジでの買い物の後、リバティに行く前に、ボンドストリートにあるブティックに寄ったんです。その時、通りの反対側をポールさんが歩いてるのを見たんですよ」  ボンドストリートから、ベイカーアンティーク店があるバークレーストリートまではすぐの距離だ。  ハワードもリチャードも緊張した面持ちで、スザンナの言葉を聞く。 「時間は何時頃でしたか?」  リチャードの問いに、スザンナは少し考えた後「多分3時半ぐらいだったかな、と思うんですけど……」と答えた。 「間違いなく、ポールさんだったんですね?」  リチャードは念押しする。 「ええ。見間違える訳ないですよ。あんなよれよれの格好したおじさんが、ボンドストリート歩いてるのは目立ちますもの」  スザンナは苦笑して言った。  確かにボンドストリートと言えば、高級ブティックが建ち並ぶロンドンでも有名なエリアだ。買い物に訪れる客たちは富裕層がほとんどで、ポールのような格好をした人間が歩いていたら、逆に目立つことこの上なかった。 「それともう一つ。彼、家の中の家具や調度品、美術品なんかをお母様の許可なく勝手に売り払ってますよ。私聞いちゃったんです。業者さんが家に売却した家具を引き取りに来た時『俺が売ったことは他の家族には黙っていてくれ』って言ってたんですよ。多分あの業者のおじさんが、ベイカーさんって人だったんじゃないか思うんですけど。このロンドンの家はポールさんの物ですけど、中の美術品や何かはお母様のレディ・ガートフィールドの持ち物だって聞いてます。それを彼女が惚けて分からなくなってるからって、勝手に売ってお金にしてるみたい」  リチャードとハワードは顔を見合わせた。  もし、ベイカーがそのことをレディ・ガートフィールドか、もしくは現在の当主である兄に伝えたとしたら……そして、それを恨みに思ったポールがベイカーを襲ったのだとしたら……? 充分に立派な動機になりえる。 「……スザンナさん、ポールさんはどうして勝手に家具を売ったりしたんでしょう?」 「あの人、いつもお金に困ってるからじゃないですか? 奥さんは浪費家だし、自分はギャンブル中毒だし」 「ギャンブル中毒?」 「知らないんですか? 3年前にあの人横領事件で捕まったじゃないですか」 「ええ、その件はこちらでも知っています」 「あれ、ギャンブルにお金つぎ込みすぎて、借金で首が回んなくなっちゃったからだ、って聞いてますよ」 「借金?」 「何でもすごい金額だったみたい。噂なんですけどね、ロシアンマフィアにお金借りちゃって、大変な騒ぎになったとか……それを何とかお兄さんが事を納めたって」 ――ロシアンマフィア……  意外なところからロシアンマフィアの話が出て、リチャードは更に驚いた。 「それ以来、お財布をお兄さんに押さえられちゃって、毎月決まった額のお小遣いしか貰えなくなったんですって。子供みたいですよね。でも本人のギャンブル中毒は治ってないから、お金が必要になると家の美術品とか売って、当座の資金に充ててるみたいですよ」 「……その話をあなたはどこで?」  リチャードは不思議に思って尋ねる。スザンナはふふ、と得意げな笑みをにっこりと浮かべて言った。 「私がお相手している上流階級のお客様たちって、こういうゴシップが大好きなんですよね。お陰で私も楽しくお仕事させて貰ってます」

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