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第37話
リチャードはどこから彼に話すべきなのか、一瞬黙って考えをまとめる。
「慌てなくてもいいよ、先にコーヒー飲んで。朝食はどうする? シリアルでいい?」
「シリアルでいいよ。朝食食べながらで構わないから、例のチッペンデールの件について話を聞いてくれるかな?」
「分かった」
レイはコーヒードリッパーから淹れ立てのコーヒーをマグに入れ、レンジで温めたミルクをミルクフォーマーで泡立てると、上に注ぎ入れた。そしてマグの一つをリチャードの手に渡し、もう一つは自分が持ってキッチンテーブルの上に載せる。リチャードがマグを持ったまま、テーブルの向こう側に回って椅子に座るのを見ながら、レイは棚の中からシリアルの箱を数箱取りだすと、シリアルボウルとスプーンを用意した。
「リチャードはどれにする?」
「俺は普通のでいいよ」
「普通のってなに? 普通の定義が分からないんだけど」
「普通の甘くないコーンフレーク」
「OK。最初からそう言ってよ」
レイは箱とシリアルボウルを、リチャードの目の前に置く。そして自分は、黄色いシリアルの箱を手に取った。
「レイは何にしたんだ?」
「僕? ハニーナッツ味のコーンフレーク」
「……朝から甘そうなもの選ぶんだな」
「何食べたっていいだろ?」
「いや、構わないけど……」
リチャードに自分のチョイスをくさされて、レイはちょっとむっとした顔をする。いつものレイの調子が戻ってきたらしい。そんな彼の様子を見て、リチャードは少し安心した。大人しいレイも可愛いが、やはり自分の言葉に反抗してくるぐらい元気がある方が、彼らしくていい。
「それよりさ、事件の話聞かせてよ」
レイはリチャードの向かいに座ると、ボウルにシリアルとミルクを入れて食べながら尋ねた。リチャードは少し考えた後、口を開く。
「まずは、チッペンデールの文机の元々の持ち主だったガートフィールド家について、話すべきだと思うんだけど……ハワードが関係者リスト作ってたのを、署に置いてきたんだよな……」
「とりあえず、リチャードが覚えている範囲だけでいいから話して」
「分かった……」
そしてリチャードはハワードと聞き込みに行った際に得た、ガートフィールド家に住む人々についてと、ベイカーが襲われた日のアリバイについての情報をレイに語る。
「何だ、結構ちゃんと覚えてるんじゃないか」
「もしかしたら、何か抜けてるかもしれないけど。後でリストをオフィスから持ってきて渡すようにするから」
「それだけ分かれば、今のところは充分だよ。ところで、スザンナが後から来て話した内容って、信用出来るのかな?」
「ポールのギャンブル癖の悪さと借金の件か?」
「うん。それと彼が事件があった時間帯に外出してた、っていう証言。それをリチャードに証言したことで、彼に罪を着せようとしてる訳じゃないよね?」
「ああ、その点はハワードが確認取るって言ってたけど、俺は彼女が嘘をついているようには思えなかったな。それよりもあの場で言わなかったのは、ポールの目の前で証言したら、自分の立場が不利になるからだったんだろう」
「どういうこと?」
「つまり、彼女はあの家に住まわせて貰うという恩恵をポールから受けている。あの立地の良さは、彼女のビジネスにとって有利な好条件なんだ。顧客に呼び出されて、すぐに出かけられるからな。彼女も言っていたが、顧客は上流・中流階級の人間がメインだ。彼らは皆、ロンドン中心部に住んでるから、突然の呼び出しにすぐに対応出来て随分助かってるんじゃないのかな。そんな彼女が、もし余計なことを口にしたのが原因で、ポールのご機嫌を損ねて『出て行ってくれ』なんてなったら、たまったもんじゃないからな」
「なるほど。じゃあ、彼女のポールに関する証言は、信憑性が高いと思ってる?」
「彼女の証言が、まったくのでたらめだという証拠もない、って程度だ」
「OK、じゃあその程度の認識にしておくよ。もしかしたら、ポールだけじゃなくて、実は家族全員のアリバイが信用出来ないんじゃないの? 何だか皆、嘘くさく思えてきんだけど」
「本当だな。俺もあの家の誰も彼もが、嘘をついてるような気がしてきたよ」
レイの言葉に、リチャードの表情が曇る。確かに警察官に対して、良い感情を抱いていない人間は多い。あの家の人間たちが皆そうだったとしたら……もしも、彼らのアリバイが全て嘘だったとしたら、先日のリチャードとハワードの訪問は、まるきりの無駄でしかない。考えたくなかったが、ハワードが「二度手間になる」と不満を漏らした通りになりそうだった。
「リチャード、これからどうするの?」
レイは立ち上がって、シリアルボウルをディッシュウォッシャーに入れながら尋ねる。
「……一度オフィスに顔出して、その後もう一度ガートフィールド家にアリバイの確認に行こうと思う。やっぱりどこか嘘くさいところが気になるんだ。多分ハワードがアリバイの裏付けを確認してる筈だから、もう少し詳しく突っ込めると思う」
「そう……それ、僕も同席して構わない?」
「もちろんだよ。俺から正式に、捜査の協力依頼をさせて貰うよ」
「……分かった。何だか改めて言われると照れ臭いね」
「ただし、ハワードが一緒だけど……いいかな?」
「この捜査は、特捜が主導権を握ってるんだし仕方ないよ。それに彼なら、僕も顔見知りだからまだましだし、適当に上手くやるから安心してよ」
「そうか、よろしく頼む。そうしたら、ガートフィールド家の前で待ち合わせにしよう。時間は後で携帯に連絡するよ」
リチャードはそう言うと、ベッドルームに戻り手短に身支度を調えて、METへ出勤して行った。
レイはそんな彼の行動を邪魔しないように、敢えて静かにキッチンでコーヒーを飲んで過ごしていたが、リチャードが出かけていったのを確認すると、すぐに隣のリヴィングに場所を移す。そしてラップトップコンピューターを棚から取り出すと、画面を立ち上げて昨晩からずっと気になっていた、ある事実について調べ始めた。
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