「やっぱり、あのくそおやじが犯人かな？」 　ハワードはハンドルを切って車を駐車場から出すと、憎々しげにそう言う。 「ハワード、まだ彼が犯人と決まった訳じゃない。そんな言い方するもんじゃないだろう？」 「あいつ、俺たちを目の敵にしてて怪しいと思ったんだよ。自分が悪いことしてるから、後ろめたくてあんな態度取ってたに違いないぜ？」 「まあ、そういう考え方も出来るかもしれないな」 　リチャードはオフィスに着くと、すぐにスペンサー警部に自分の考えを伝え、ハワードにも連絡をした。ハワードの上司であるクロスビー警部は、この日は朝から外出していた為、ハワードは彼に伝言を残すとリチャードと共に、もう一度ガートフィールド家を訪ねることにした。前日ポール・ガートフィールドに、散々嫌味を言われたのを未だに根に持っているせいか、ハワードのポールを評する口調がきつい。 「とにかく、今日はあいつがアリバイについて嘘をついてたってのを突いてやらないと、気が済まないよ」 　ハワードは、どこか嬉しそうにそう言う。 「おい、ハワードやり過ぎるなよ」 「分かってるって。ちょっと苛めるぐらいで勘弁してやるよ」 　そう言ってにやり、と口の端に意地悪な笑みを浮かべる。 　ハワードの運転するシルバーのセダンが、メイフェア地区の前日も訪れた場所まで辿り着くと、ハワードは「おい、あれ……」と驚いた様子で口を開く。 「何だ？」 「どうして、可愛い子ちゃんがここにいるんだ？」 　ハワードの指さす先に、レイが人待ち顔で立っていた。 「ああ、悪い、言うの忘れてた。今日はレイに同行を頼んだんだよ。ここで話を聞いた後、ベイカーアンティーク店で、例のチッペンデールの文机を見て貰おうと思って。だから、お前に店の鍵を持ってきてくれって頼んだんだけど」 「なんだ、そうだったのか。早く言ってくれよ。心の準備が……」 　そう言うと、ハワードは胸の辺りを大げさに押さえてみせる。 「どういう意味だよ？」 「あんな可愛い子目の前にしたら、緊張しちゃうだろ？」 「……お前、男もいけるのか？」 「いや、もちろん女性の方がいいよ。俺、ストレートだもん。でも彼は、ちょっと特別な感じがするんだよなあ。あの子だったら、俺全然余裕で付き合えるよ。リチャード、お前レイモンドくんが、誰かと付き合ってるのかフリーなのか知らない？」 「……いや、彼付き合ってる人いるから」 「あ、そうなの？　やっぱりな。あんなに可愛いんだから、いるに決まってるか」 　ハワードは、冗談とも本気とも取れるような発言をすると、リチャードの方を向いて笑った。 　リチャードはそんなハワードの顔を見ながら、付き合ってる相手は俺なんだよな……と心の中で呟く。 「ほら、ハワード行くぞ。彼を待たせるな」 「警視総監の甥御さまだもんな、待たせたら悪いよな」 　二人は車を降りて、レイが目立たないように立って待っている歩道まで歩いて行く。 「レイ、待たせて悪いね」 「ううん。今来たところ」 　レイはちらり、とハワードに視線を投げたが、すぐにリチャードの方を向き直ってそう言う。 「お久しぶりです、レイモンドくん」 　ハワードが挨拶すると、レイは意外そうな顔をして口を開いた。 「可愛い子ちゃんって、呼ばないんですね」 「あー、あの時はすいませんでした。いや、可愛いって今も思ってますけどね、そう呼ぶのはやっぱり失礼だったな、って。ちゃんとレイモンドくんって呼ばせて下さい」 「もういいですよ。きちんと僕の名前で呼んで貰えれば、それで充分ですから」 　レイはあっさりとハワードを許した。リチャードは意外な気もしたが、こんなつまらない話で時間を無駄に費やすより、レイは事件の捜査に時間を割きたいと考えているのに違いない。 　三人は車を駐車している場所から、ガートフィールド家のある区画の角まで移動する。 　建物が脇道に面している方は、隣の建物の接続部分までが高い壁でぐるりと巡らされており、その中程に駐車場と小さな裏木戸が作られている。 　リチャードは前日見て気になっていた、駐車場の出入り口の隣にある裏木戸をチェックする。 「ここの木戸がどこから出入り可能なのか、後で教えて貰った方が良さそうだ。駐車場の出入り口もだが、家の中から出入りするのにここを使う可能性もある」 「そうだな。この家の住人が他人に見られずに出入りするのに使える場所が幾つもあるってのは、アリバイ工作するには都合がいいかもしれないな」