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第40話

 三人は表に回ると、門扉を開けてドアの前に立つ。ハワードが前日と同じように、インターフォンを押した。 「はい」 「METのフォークナー巡査部長です。先ほどお電話した件で伺いました」  ハワードはあらかじめアポイントメントを取り付けてあった。そうでなければ、全員が家に揃わない可能性がある。ポールのアリバイが嘘だった可能性が出てきた今、彼だけではなく、他のメンバーが嘘をついていないとは言い切れない。とにかくガートフィールド家に住む人々が素直に真実を語っているとは、ハワードもリチャードにも思えなかった。  ドアがそっと開いて、中からフランス人看護師のヴェロニク・マルタンが顔を出す。 「連日すみません。今日も皆さんにお話を伺いに来ました」 「あの……ご主人様の機嫌が悪いので、お気を付けになった方がよろしいかと思いますよ」  ヴェロニクはフランス語訛りの英語で、恐る恐る言う。彼女なりに気を遣っているらしい。 「……だとよ、リチャードどうする?」  にやにやとハワードが面白がるような笑みを浮かべながら言う。 「どうするも、こうするもないだろう? ヴェロニクさん、ご忠告感謝します。中に入っても?」  リチャードが丁寧に言うと、ヴェロニクが少し頬を赤らめて俯きながら「どうぞ、お入り下さい」とドアを広く開けた。 「リチャード、お前本当にもてるな」  こっそりとハワードがリチャードの耳元で言う。 「何つまらないこと言ってるんだよ」  リチャードは気になって、ふと自分の斜め後ろにいるレイに目を遣った。レイは案の定面白くなさそうな表情を浮かべて、じっと見ている。 ――ハワードの奴、余計なこと言いやがって。  三人はヴェロニクの後について家の中に入る。  入ってすぐのところはホールウェイになっており、正面には大型の風景画が飾られている。英国のどこかの海岸風景だ。手前には白い砂浜と、右手に海岸から青い海の向こうへ延びるピアが、そして沖合には小さなヨットが何艘か浮んでいる長閑な様子が描かれていた。  その風景画を見て一瞬、リチャードの脳裏に子供の頃の懐かしい思い出が蘇る。彼は幼少時代、海辺の街で過ごしていた。 ――砂浜で砂の城を作って、母さんと日が暮れるまで遊んだっけ。  昨晩あんな話をレイにしたせいなのか、今まであまり思い出さなかった母親の面影が、ありありと目の前に浮かぶ。  ふと気付くと、心配そうな顔でレイがリチャードのスーツの袖を引っ張っていた。  彼は目で『大丈夫?』と尋ねる。  余程ひどい顔をしていたのだろうか? とリチャードは心配になったが、気持ちを切り替え、レイに大丈夫だ、と微笑みかける。  そしてリチャードは、ホールウェイの右手に廊下が続いているのを見て、ヴェロニクに質問する。 「ヴェロニクさん、この廊下が続く先はどちらに?」 「廊下の左側はキッチンです。向かいがダイニングホールで、その奥の突き当たりは奥様のレディ・ガートフィールドのお部屋になっています。この手前の階段を上がって二階がポールさんとエカテリーナさん、スザンナさんとグレンさんの寝室で三階は私の寝室になってます」 「地下室もあるんですよね?」 「はい。レディ・ガートフィールドのお部屋の手前、キッチンとの間にドアがあるのが見えます? あそこから地下室へ降りられます。地下のシネマルームの隣にはワインセラーがあって、その隣のドアから地下駐車場へ出られるようになっています」 「外の駐車場の出入り口の隣に裏木戸がありましたが、あの木戸はどこから通じているんですか?」 「ああ、あれですか? あの木戸はレディ・ガートフィールドのお部屋のフレンチウィンドウを抜けた庭からしか出入り出来ませんから、普段は閉めきりですよ。誰もあそこからは出入りはしません。だって、出入りするにはレディ・ガートフィールドのお部屋を通らないといけないんですもの。誰も好き好んで、彼女の部屋をわざわざ通って家の外に出たりはしません」  ヴェロニクの言葉に、リチャードは考え込む。  リチャードが黙り込んだので、質問はもう終わったと判断したらしく、先に立っていたヴェロニクが広間のドアをノックし「METの刑事さんたちがいらっしゃいました」と声をかけた。すると中から「入って貰え」と不機嫌そうな声が聞こえてきた。この家の主人のポール・ガートフィールドだ。  やはりヴェロニクが言うように、かなり機嫌が悪いらしい。

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