42 / 61

第42話

 すると、これまで黙って二人の後ろで話を聞くだけだったレイが、リチャードのスーツの後ろを引っ張って彼の気を引く。 「レイ?」 「ちょっと質問したいんだけど」 「ん、いいよ。……こちらはMETのコンサルタントのハーグリーブスさんです。彼から質問があるそうなので、我々に対するのと同じようにお答え下さい」  リチャードがレイを紹介すると、ガートフィールド家の面々の視線が彼に集まる。見た目がまるで少年のように若々しい彼がMETのコンサルタントと聞いて、ガートフィールド家の人間たちは意外そうな顔で彼を見つめていた。  レイは落ち着いた表情で部屋にいる各人の顔をぐるり、と見回した後ポールに向って質問を始めた。 「あのチッペンデールの文机ですけど、どうして売却したんですか?」  ポールはレイを、じろじろと遠慮のない目付きで上から下まで舐めるように見た後、ようやく口を開いて答える。 「あれが金になるからだよ」 「見たところ、この家にはもっと高く売れそうな美術品がたくさんありますけど、あの文机を選んだのには、何か特別な理由があったんですか?」 「素人のくせに分かったような口を利くな」  ポールは馬鹿にした口調でレイをこき下ろす。彼の目にはレイが若い小生意気な青年としか映っていないようだった。 「ポールさん、あまり失礼な口を利かないで頂けますか? こちらのハーグリーブスさんは美術の専門家で、わざわざお願いしてMETとコンサルタント契約を結んで頂いているんです」  リチャードのきつい口調に、ポールはハッとした顔をする。だが謝罪の言葉は一言もない。  レイはそんなポールを呆れたような顔で見ながら、部屋の奥に飾られていた壺を手で指し示して尋ねる。 「例えばあちらに置かれている中国、明代の壺。あちらはチッペンデールの文机と同じくらいの価値があります。いえ、今ならオークションで、あの売った文机以上の価格がつくのは間違いありません。どうしてあれを売りに出さなかったんですか?」 「そ、それは……」  ポールはまたもや言葉に詰まってしまう。本日何回目であろう。顔色が変わって、自信なさげに俯いてしまった。 「あの机を売ったのは、何か理由があるんじゃありませんか?」 「……あれは母の文机だったんだ。母の部屋に置いてあったんだが、危ないので売り払うことにしたんだよ」 「どういう意味ですか?」  レイが眉を潜めて尋ねる。 「母が惚けてから、時々ひどい発作を起こすようになった話はもうしたよな? 普段はいつもとまったく変わらない気の強い母なんだが、発作を起こすと訳の分からないことを叫びながら手当たり次第に物を投げるし、ひどい暴言を吐くし、足が悪いくせに無理矢理歩き回って危ないから、なるべく部屋に物を置かないようにしたんだ。それであの文机が邪魔になったので、売り払うことにしたんだよ」  苦々しげにポールはそう説明した。貴族であるガートフィールド家のレディ・ガートフィールドともあろう人が、そんな状態になってしまった、と世間に知られるのは体面が悪いと思っているのがありありと伺えた。 「レディ・ガートフィールドに売りに出すというのを、説明されましたか?」  レイの質問に、何故そんなことをお前に答えなければならない? という顔をポールはしたが、リチャードがすかさず「お答え下さい」と付け加えたので、渋々口を開く。 「母にはこのまま置いておくと危ないから、ベイカーアンティーク店に売ったとは一応言ったよ。だけど最近あの人、薬で眠ってるか、起きててもぼおっとしてるから、どこまで俺の話を理解していたかは分からないけどな」  ポールはそう答えたが、どこかその口調が今までと違っていた。リチャードは本能的に彼が嘘をついていると気付いた。彼はきっとレディ・ガートフィールドに、事実を話していないに違いない。

ともだちにシェアしよう!