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第44話
そんな様子をそれまでじっと見ていたハワードが、グレンに視線を向けると質問を口にした。
「グレンさん、あなたあの日、オックスフォードストリート沿いのカフェに行かれた、と仰ってましたよね?」
「……ええ、言いました」
「アメリカのチェーン店のカフェ、ですよね?」
「はい。そうですよ。何度も同じことを聞かないで下さいよ」
しつこくハワードが念押しするのが気になったのか、グレンの表情が少し曇る。一体この警察官は何を自分から訊き出そうとしているのだろう? という疑念がありありと彼の表情に表れていた。
「うちのスタッフが、オックスフォードストリート沿いのアメリカ系チェーンのカフェを全部当たったのですが、あなたがあの日訪れたという証拠は見つかりませんでした」
「……前回訊かれた時にも言ったけど、あの日は店も混雑してたから、スタッフだって俺が行ったかどうかなんて覚えてないだろう?」
「スタッフに訊いたんじゃありませんよ。CCTV(監視カメラ)でちゃんとチェックしたんです」
「でも死角になってて映ってなかったのかも……」
「店だけではありません。あの地域一帯のCCTVを全部チェックしたんですよ。あなたの姿は一秒たりとも映ってはいませんでした。……本当はどちらに行かれていたんですか? オックスフォードストリートではなく、ベイカーアンティーク店にでも行かれていたんじゃないですか?」
「ええっ?! そんな訳ないだろう? 何で俺がベイカーアンティーク店に行かないといけないんだよ! 大体あんな机の話なんて俺は詳しく知らないし、ベイカーとかいう男を殴って何の得があるんだよ?」
「……そうですね、例えばポールさんがあなたに依頼したとしたらどうです?」
「依頼? 何をだよ?!」
「この家に住むのを快く承諾する代わりに、ベイカー氏と話をつけて来て欲しい、という依頼ですよ。あなたは一文無しで、この家を追い出されたら行くところがないんですよね? そんな弱味を握られて、ポールさんに自分の代りに机の代金をもっと吊り上げてこい、と指示されたものの、ベイカー氏が良い返事をしないものだから、カッとなって殴ってしまった……というのはどうです?」
リチャードは両腕を組み、グレンを上から見下ろして発言する。その態度は威圧的で、グレンは思わずリチャードから目を逸らした。
「……そんな依頼なんてされてないし、あの日はベイカーのところになんて行ってない……」
「ではどちらに?」
「い、家にいたんだよ!」
グレンは苦し紛れに白状する。
「家にいた? ならばどうして最初からそう仰らなかったんですか?」
「そ、それは……」
口ごもるグレンの隣で、何かに気付いたかのようにスザンナが口を開く。
「もしかして、また浮気してたの!?」
「ス、スージー……ち、違うんだよ……」
「もう浮気しない、って約束したわよね!? どういうこと? ちょっとそこの看護師、あんたまたグレンにちょっかい出したの!?」
スザンナは立ち上がるとヴェロニクを指さして、興奮した調子で話し続ける。
「前回浮気した時にもう二度とグレンには手を出さない、ってあれほど言ったくせに、嘘ついたのね?! まさか、あんたたち私のベッドで……? 止めてよ……」
スザンナが気持ち悪い、といった風にグレンとヴェロニクを交互に見遣る。
「ち、違う! ベッドは使ってない! 地下駐車場にいたんだよ!」
「駐車場?」
「そう、駐車場で話をしてただけなんだ。そんなやましいことなんて、何一つしてないんだよ!」
「嘘ばっかり。なんでそんな嘘を私が信じると思うの?」
「嘘じゃないって。あ、そうだ、エカテリーナさん、僕が駐車場に入っていくところ見ましたよね?」
グレンに突然話題を振られて、エカテリーナが何事、と言った風に顔を上げる。そして、暫く考えたあと、ああ、と気付いたようだった。
「そう言えば、私がシネマルームで映画を見ながら飲むためのワインを取りに、隣のワインセラーに入る時、グレンさんらしい後ろ姿が駐車場に入っていくのを見たかも。あの時はあまり気にしてなかったから、言われるまですっかり忘れてたわ」
「ほら見ろ! 俺は駐車場にいたんだってば!」
「だからって言って浮気してない、って証拠には何にもならないじゃない」
「そ、そうなんだけど……」
グレンは放つ矢がなくなったようで、黙り込んでしまった。
ハワードは面白い見せ物が始まった、とばかりにメモに彼らの発言を書き記していた。その隣で思案していたリチャードは、ヴェロニクに尋ねる。
「あなたがグレンさんと駐車場で過ごされていたのは、どれくらいのお時間ですか?」
「……1時間ちょっとぐらいでしたでしょうか……正確な時間は分かりません」
「その間、レディ・ガートフィールドはどうされていたんですか?」
「ランチの後で薬を飲まれたので、眠っておられましたけど……」
「その時間帯は、いつもレディ・ガートフィールドは薬で眠っているんですか?」
「はい、そうです。薬の時間は毎日決まっていますから、そのルーティンに沿って私も差し上げるようにしてます」
「いつもランチの後、レディ・ガートフィールドがお休みになってる間、あなたはどうされているんですか? 寝ている間も側にずっと付き添っているんですか?」
「いえ、私もランチを食べますから、いつも二時間ほど休憩を頂いてます。それに私は看護師として雇って貰っていますが、実際のところレディ・ガートフィールドは手の掛からない患者なので、普段はこの家の仕事も色々受け持っていて、ずっと彼女に付きっきりという訳ではないんです」
「そうなんですか……」
リチャードは自分の推測がただの憶測なのか、それとも証拠さえ見つければ事実となり得るのか、難しい岐路に立たされているような気がしていた。今すぐレイに自分の考えを伝えて議論したかったが、この場では無理だ。彼と意見のやり取りをするために、とりあえず、リチャードは質問を切り上げることを決める。これ以上ここにいても、更なる情報を手に入れられるとも思えなかった。
「ハワード、一旦ここは引き上げよう。レイをベイカーアンティーク店に連れて行きたい」
「了解」
リチャードがハワードの耳元でそう告げると、ハワードももう充分だ、と思っていたらしくすぐに同意した。そしてガートフィールド家の面々の顔をぐるり、と睨め付けた後「一旦、ここで質問は打ち切ります。こちらも確認しなければならないことがありますので。事実確認が終了したら、こちらにまた伺うと思いますので、ご協力を引き続き宜しくお願いします」と言った。
ハワードの言葉にポールは「まだ諦めないのか」と呟くような声で言ったが、それまでと違って元気がなかった。思いがけず意図しない事実が幾つも表沙汰になったせいで、自分が計画していた筋書きが無駄になった、と落胆しているようだった。
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