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第48話
「どう? 僕の手品」
レイは顔を上げると、リチャードとハワードの顔を交互に見て、華やかな満面の笑みを浮かべる。
「隠し棚があったのか……!」
「この手の家具にはありがちな細工だよ。この部分」
レイは棚の下部分にある飾りパネルを指さす。
「叩いてみたら、音で中が空洞になってるのが分かった。大抵こういう机にはどこかしらに、こういった細工がされてることが多いから、この文机にも絶対あると思ってたんだ」
「まさかこんなことになってたなんて……」
リチャードとハワードは驚いた顔で隠し棚を見つめる。
「リチャード、ベイカーさんを発見した時の写真、まだ携帯に残ってる?」
「ああ、まだある」
リチャードはジャケットのポケットから携帯を取り出すと、ファイルを開いて写真を画面に表示する。
「この写真、よく見て。何か気付かない?」
ハワードはリチャードの携帯電話を覗き込む。彼はすでにリチャードからこの写真を転送されていたので、見るのは初めてではなかったが、何かに気付くかどうか、と尋ねられても何も気付かなかった。
リチャードは、最初に現場でベイカーが文机に覆い被さるように倒れているのを見た時に、どこか違和感のようなものを感じていたのを思い出した。
「……体勢が不自然じゃないか?」
「リチャード、分かってくれた?」
レイは自分の意図するところが通じたとばかりに、嬉しそうに破顔する。
「後ろを向いたところを殴打されたんだったら、こんな風に覆い被さるというよりも、飾り棚の塔の上を体が滑り落ちて、床に倒れるんじゃないかな?」
「そうなんだ。この文机は、飾りの中国風の塔が上についてるから、体が机の前面に向って倒れたとしたら、リチャードが言うとおり、塔の飾りが邪魔して体が覆い被さるよりも、滑り落ちて床に転がり落ちる筈なんだ。それが、塔の部分にまで覆い被さるようにして体が固定されてるのは、殴られる直前にこういう体勢をすでに取っていたからに違いないんだよ」
「……レイモンドくん、それってどういう意味?」
ハワードが理解出来ない、という表情で尋ねる。
「今僕がしてたこと、二人共よく見てたよね? もう一度実演するよ?」
そう言って、レイは塔の飾り部分に覆い被さるように体を載せると、棚の一段目の底板部分と塔の裏側のピンを押すために両腕を伸ばした。その体勢は、リチャードが発見した当時のベイカーのものとまったく同じだった。
「ベイカーさんも、この隠し棚の仕組みに気付いていたのか!」
リチャードが声を上げる。
「そう。殴られる直前、彼は棚の底板と塔の裏側のピンを同時に押せば、隠し棚を開けられるのに気付いたんだ。そして押して開けようとした瞬間に、後ろから誰かに殴られた」
「一体誰が……?」
「それはまだ分からないよ。でも、リチャードが思ってるように、この文机に関係がありそうだよね」
当初からリチャードが睨んでいた通り、この机が全ての元凶なのだとしたら、やはりガートフィールド家の人間が怪しいのではないか。
「もしかしたら、この隠し棚に入ってる物が何かのヒントになるんじゃないかな」
レイは隠し棚に手を入れて、中から数枚の茶色く変色した紙を取り出す。
「……手紙か?」
リチャードの問いには答えず、レイは黙って紙に目を通す。そして険しい表情で「これ……」と驚いた声を上げる。リチャードがそのただならぬ様子を見て堪らずに、レイの手にする紙を横から覗き込んだ。
「……レイ、この文書は……」
「何なんだよ、二人共。俺にも見せろよ」
二人の驚愕に満ちた表情を、不安気に見ていたハワードも覗き込む。
「……何これ、俺読めないんだけど」
「ドイツ語だよ。ハワード、お前ドイツ語取ってなかったのか?」
「俺、フランス語しかやってない。しかも全然物になんなかった。それでこれは一体なんて書いてあるんだよ?」
「ちょっと一言では言い表せないような内容だよ。リチャード、これオフィスに持ち帰って詳しく分析して貰って」
「分かった。まさかこんなものが出てくるとは思わなかったな」
リチャードは、店の奥にあるベイカーの仕事用のデスクから、適当な封筒を見つけ出すと、隠し棚の中から取りだした数枚の紙を入れる。
「レイ、ここからなら一人で帰れるよな? 俺たち署に戻るけど」
「うん。すぐそこだし平気」
三人は店から外に出て、リチャードが店の鍵を外からかける。そして車に戻るためにハワードが道を渡ったのを見ると、レイがリチャードを小さな声で呼び止める。
「リチャード、今晩仕事終わってから僕の家に来れない?」
「……どうした?」
レイは少し思い詰めたような表情をしている。どこか不安そうなその様子を見て、リチャードは心配になる。何かレイは言いたそうにしているが、今ここでは言えない、という態度だ。
「ちょっと話したいことがあるから」
「……分かった。勤務シフトが終わったら行くよ」
レイの表情を見て、リチャードも不安な気持ちになる。
――どうしたんだろう……まだレイはあの件を怒ってるんだろうか? ……まさか、あれが原因で別れ話とか、そんなんじゃないよな。
それまで上機嫌だったレイが、突然思い詰めた顔で家に来てくれ、と尋ねた理由が思い付かず、リチャードは最悪の結末まで考えてしまう。
あの紅茶の件はあの時に片が付いた筈、とリチャードは改めて思い直して、自分の想像が外れてくれるよう密かに祈った。
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