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第49話

18.  MET庁舎に戻ったリチャードは、隠し棚から見つけた文書をハワードに託した。あくまでも、今回の事件捜査の主導権を握っているのは特捜だ。じれったい気持ちを抱えてはいたが、これまでのところ、自分が捜査に深く関与させて貰っているだけでも有り難いと捉えるしかなかった。  ハワードから「何か分かったらすぐに連絡するから」と言われ、地下駐車場からオフィスへ上がるリフトのドアが3階で開いたところで二人は別れる。そのままリチャードはリフトを降りて、AACUのオフィスに顔を出した。ここ数日間、外出続きだったので、デスクワークが溜まっている筈だった。  オフィスのドアを開けるなり、セーラが声をかけてくる。 「何だかリチャードの顔、すっごく久しぶりに見た気がするわー」 「ずっと外に出てばっかりだったからな。何か変わったことはあった?」 「特には。こっちは今のところ落ち着いているから、リチャードはベイカーさんの事件に集中していいわよ。私の手伝いは今回必要ない?」 「今のところハワードが上手くやってくれてるから、大丈夫そうだよ」 「フォークナー巡査部長とリチャードって、特捜時代から仲良かったもんね」 「あいつが唯一の味方みたいなもんだったからな……あの部署では」 「そういう人が一人でもいてくれて、良かったじゃない」  いつも元気なのが取り柄のセーラの顔が少し曇る。AACUへ配属される以前、セーラは児童虐待部の専門捜査官を務めていた。もしかすると、その部署にいた際に何かあったのかもしれない、とリチャードは思った。だがセーラは決して、その頃の話を口にしようとはしない。リチャードも無理に彼女の口を開かせようとは、露程も思っていなかった。 「とりあえず、溜まってる書類仕事を片付けるよ。また明日は出かけると思うし」  あの隠し棚から出てきた文書の内容がはっきりと分かったら、またガートフィールド家に行くのは間違いない、とリチャードは確信していた。  時計の針が6時を回る。勤務シフトの時間をとっくに過ぎていたが、連日外出続きだった為にデスクワークの仕事が溜まっていたせいで、時間内までに終わらなかったのだ。やっときりが付いたところで、リチャードはPCの電源を落とすと立ち上がった。オフィスには、遅番のパトリックが残っているだけだった。 「ジョーンズ警部補、お帰りですか?」 「うん。やっと仕事の目処がついたから、今日はここまでにしておこうと思って」 「お疲れ様でした」 「お先に」  リチャードは挨拶すると、椅子の背にかけてあるジャケットを手にとって、オフィスを後にする。  レイから仕事が終わったら家に寄るように、と言われている。  一体何の用事なのか、彼は一言も言わなかった。ただ彼のどこか不安げな表情だけが、リチャードの脳裏に強く刻み込まれている。 ――何か言いにくい話……なのかな。  レイの不安な気持ちが、自分にも移ったような気がする。仕事中はあまり考えないようにしていたが、終わった途端にそればかりが頭の中に浮かんで、暗い気分になって落ち込む。  リチャードはバスを使おうか、と思ったが、何となく今夜は少しでも時間稼ぎがしたくて、徒歩でレイのギャラリー兼住居まで向った。  薄暗くぼんやりとした色合いの街を、わざと何も考えないようにして、レイのギャラリーまで歩いて行く。体を動かした方が余計なことを思い悩まずに済む。徒歩にして正解だった。  腕時計を確認すると、時間は6時半を過ぎている。ギャラリーはとっくに閉店している時間だ。裏道に面している自宅側のドアの方へ回り、インターコムのドアベルを押す。やはり今夜も、ポケットに入っている合い鍵は使わなかった。それにこんな状態では、余計に使う気にはなれなかった。  いつもであればレイがちゃんと応答してドアを開けてくれるのに、リチャードが「俺だけど」と言うと、彼は何も答えずにすぐに鍵を開けた。  やはり何かがおかしい、とリチャードはますます気になる。  ドアを開けて家の中に入り、左手の階段を上ってすぐのところにあるリヴィングのドアを開ける。この時間帯ならレイはここにいる筈、とリチャードは今までの経験から分かっていた。

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