50 / 61

第50話

 リヴィングのソファにレイは座っていた。リチャードがドアを開けると、浮かない顔で「遅かったね」と声をかける。 「デスクワークが溜まってて。遅くなってごめん」 「ううん、いいよ。何か飲む?」  レイは手にしていた新聞を畳むと、目の前のコーヒーテーブルの上に載せて立ち上がる。 「ワイン、貰えるかな?」 「分かった」  言葉少なく部屋を出ると、レイは隣のキッチンにワインとグラスを取りに行く。  リチャードはジャケットを脱いでソファの端にかけると、どっかりと腰を下ろす。座った途端に全身に疲労を感じて、背もたれに体を預けて目を瞑る。 「リチャード……忙しくて疲れた?」  目を開けると、レイがグラスをテーブルの上に載せて白ワインを注いでいた。そしてグラスを手に一つ取ると、リチャードに渡す。 「ありがとう」  リチャードはグラスを受け取ると、半分ほど一気に飲み干す。レイの様子が気になって仕方ない。不安な気持ちを、アルコールを飲んで紛らわせようとする。だが、落ち着こうとすればするほど、焦りは募った。 「……レイ、話って何だ?」  レイはワイングラスを片手に、リチャードの隣に黙って座っている。ここまで来てまだ話をするかどうするか、迷っている風だった。 「……言うべきか、黙っておくべきか悩んだんだけど……」  レイはようやく口を開く。だが、言葉の途中でまた黙り込んでしまう。その顔には思い悩む表情が浮かんでいた。リチャードはワイングラスをコーヒーテーブルに載せると、レイの方を向いて真剣な態度で尋ねる。 「俺は何を言われても怒らないから、だからちゃんと話してくれないか?」 「……でもリチャードを傷つけたくない」 「……俺が傷つく?」 ――まさか、本当に別れ話でもするつもりなのか?  リチャードの顔色が変わったことにレイも気付いたらしく、不安そうな表情でワイングラスをテーブルに載せ、体をリチャードの方へ向ける。 「リチャード……僕」  レイが決心したように口を開いた瞬間、リチャードが遮る。 「俺が嘘をついたからなのか? だから……」 「……え?」 「……分かってるんだ、俺が悪いって。レイは、俺と別れたいんだろう?」 「……な、何言ってんの?!」  レイは驚いた顔で声を上げる。 「だって……そんな思い詰めた顔して……俺が紅茶の件で嘘ついたの、今も怒ってるんだろう?」 「もうそんなのとっくに忘れたよ。どうして僕がリチャードと別れるなんて言うの? 言う訳ないじゃないか。……それともリチャード、本当は僕と別れたいって内心思ってるんじゃないの? だから僕にそう言わせようとしてるんじゃないの?」  レイの声が震えている。 「ち、違うよ。レイがそんな深刻な顔してるから、てっきりそういう話なんだとばかり……」 「あの女の人と、本当は何かあったんじゃないの?」 「え?」 「紅茶を買ってた、あの綺麗な女の人……」  レイの榛色の大きな瞳が、不安げな色をたたえて揺らいでいる。あの時リチャードが彼女は何でもない、と否定したのを信じてくれていた筈なのに、余計なことを言ったせいで、レイの心に不安が蘇ってきたらしかった。  リチャードは、強い口調で改めて否定する。 「彼女は本当に何でもない。ただの俺とカークランドさんの間の連絡係でしかないんだ。……不安にさせて悪かった」  リチャードは、腕を伸ばして隣に座っているレイを抱き寄せた。レイは黙って腕をリチャードの体に回す。 「ごめん。僕がはっきり何の話なのか言わないから、リチャードだって変な想像しちゃったよね……どんな話でも聞ける覚悟はある?」 「レイが俺と別れるって話でなければ」 「それは絶対ないから」  レイは、リチャードの顔を見つめると苦笑して言った。 「それなら大丈夫。どんな話でも聞く覚悟は出来てる」  リチャードの言葉にレイは黙って頷くと、体を離し、コーヒーテーブルの端に載せていたラップトップコンピューターを手元に持ってきて開く。すでに準備はしてあったようで、電源を入れてパスワードを入力すると、すぐに画面上に誰かの写真が出てくる。 「リチャード、この人に見覚えある?」

ともだちにシェアしよう!