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第53話
20.
リチャードがAACUのオフィスに出勤すると、すぐにチーフのアンディ・スペンサー警部から声が掛かった。
「リチャード、悪いがオフィスに来てくれないか?」
「はい……」
スペンサーの表情が、いつもより強ばっているように見えたのは気のせいか。リチャードは胸騒ぎを覚えながら、彼のオフィスに入った。スペンサーはデスクに座って、リチャードが入室してくるのを待っている。彼が部屋に入ると、待ちかねていたようにすぐに口を開いた。
「特捜のクロスビー警部から連絡があった。昨日、レイモンドくんが見つけた例の文書だが、翻訳が済んで内容が分かったらしい。フォークナー巡査部長と共に、今からガートフィールド家に行ってくれ。文書についての詳細は、フォークナー巡査部長から聞くように。それとレイモンドくんだが、もしも彼が同行したいのであれば依頼した方がいいだろう。あれは彼が見つけたものだから、気になってるんじゃないかな」
最後の一言は命令というよりは、スペンサーの私論という感じだった。リチャードもそれには同感だったので、話が終わるとすぐに、レイには連絡をしてガートフィールド家で落ち合う約束をした。きっと彼も、自分が見つけた文書が事件にどう関わるのか、知りたいに違いないだろうから。
リチャードはガートフィールド家に向う車の中で、ハワードから前日レイが見つけた文書についての説明を受けた。あのドイツ語の文書には、かなり繊細な取り扱いが必要な趣旨の内容が書かれているらしいのは、なんとなくあの場でも分かったが、詳細まではよく理解出来なかった。それはあの文書が、回りくどい難しい文章で綴られていたせいなのだが。
この日はハワードとリチャードだけではなく、制服警官が4人ほど二台の警察車輌に分乗して同行していた。
――随分、物々しいな。
リチャードは見た時はそう思ったが、ハワードから車内で文書に書かれていた内容の説明を受けると納得した。
ハワードがガートフィールド家が見える路上に、場所を見つけて車を停めると、その近くに他の二台の警察車輌もそれぞれ場所を見つけて駐車する。
レイは家の前の歩道に、目立たないようぽつんと立って待っていた。
「彼も呼んだのか?」
ハワードが尋ねると、リチャードは頷く。
「レイも気になっていると思ったから」
「そうだな。あの文書を見つけたのは彼だったしな」
どこかハワードも緊張している風だ。いつものような軽口を叩かない。真面目な表情のまま車を降りると、レイの元に近づく。
「おはよう、レイモンドくん」
「おはようございます、フォークナー巡査部長」
「リチャードに呼ばれたの?」
「彼以外に僕を呼び出せる人はいませんよ」
リチャードは一瞬彼の物言いにどきり、とする。これではまるで、リチャード以外の人間の言うことを聞かないみたいではないか。自分とレイとの親密な関係性をひけらかすようにも聞こえて、リチャードは途端に落ち着かない気持ちになる。
もしかしたら……と、リチャードは今朝の会話を思い出す。
レイが『一緒に住めたらいいのに』と言った言葉に対して、自分が冷たい反応をしたせいで、彼は内心怒っているのかもしれない。一緒に住めば、自分たち二人の関係が公になる可能性が高くなる、だからそれは避けねばならないというのは、レイだってよく理解している筈だった。分かっていて、それでいて尚且つそう口にしたのは、彼は叶わない願望だと知った上で、リチャードの反応を見たかったからではないのか。
昨晩リチャードの出生の秘密を、彼の目の前でレイは解き明かして見せた。その事実がリチャード自身を深く傷つけるかもしれない、と分かっていても、レイはあえて自分がそれを告げることを選んだのだ。それはレイが本気でリチャードを好きだから、彼を支える覚悟が真剣にあるのだと、伝えたかったからではないのか? レイが「一緒に住めたら……」と口にしたあの言葉は、単に一緒に住むという物理的な意味合いだけではなかったのだ。彼の一生の覚悟を口にした、もっと重い意味が込められた言葉だったのだ。
リチャードは遅ればせながら、その意味に気付いて、自分が彼に対して取った発言を後悔した。
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