後に残されたのは、リチャードとレイ、そしてロード・ガートフィールド。 「もうこちらにお引き留めしておく理由はありませんので、退室して下さって構いません。もちろん、レディ・ガートフィールドの取り調べが終わるまで、こちらでお待ち下さっても結構ですが」 　リチャードがそう言うと、ロード・ガートフィールドは一瞬、何かを言おうと口を開いたが、思い直したように俯いて席を立った。それを見ていたレイが、リチャードに小声で尋ねる。 「リチャード、いいの？」 「……レイ」 「今を逃したら、二度とチャンスがないかもしれないんだよ？」 「……」 「僕、外に出てるから。後悔するような真似だけはしないで」 　そう告げると、レイは静かに会議室を出て行った。 　リチャードは閉められたドアを見つめて、何を話したら良いのだろう、と戸惑った。ロード・ウィンボーンが父親だと自分は知っている、と告げたところで、それが一体今の二人の関係にとって何になるのか。このまま知らん顔をして、事件の関係者と捜査の担当官のままの方がいいのではないか。それがロード・ウィンボーンの望む関係なのでは？　やたら自分が肉親だ、と自ら訴え出るのは逆効果なのではないのだろうか。 　様々な思いが、リチャードの中で渦巻く。彼のそんな苦しい表情を見て取ったかのように、ロード・ウィンボーンはリチャードの側まで近づくと、肩をぽんと軽く叩いた。リチャードは驚いて顔を上げ、側にロード・ウィンボーンが優しい笑顔で立っているのに気付く。 「立派になったね、リチャード。彼女に……エレノアにそっくりだから、すぐに分かったよ」 「……」 「とっくに知っていたのだろう？　私が父親だと。きみがこの部屋に入って来た時の表情を見たら、真実に気付いているってすぐに分かったよ。もう隠す必要はない。きみは僕の息子だ。今まで苦労させてしまって済まなかった」 「あの……謝って頂かなくても……それよりも、俺はあなたに感謝してるんです。今まで随分援助して貰ったから……」 「父親として当然のことをしたまでだよ。それに本来ならば、僕はきみの側にずっといてやらないといけない立場だったんだ。それが出来なくて……とても後悔している」 　ロード・ウィンボーンは苦しそうに俯く。今までの辛い思い出が、彼の中に蘇ってきているようだった。 「エレノアには……きみのお母さんには本当に悪いことをした。僕は本気で彼女と結婚するつもりだったんだ。だが母に反対されてね。いや、母を言い訳にしたらいけないね。僕は母に逆らえなかった。あの時、無茶をして逆らってでもエレノアの手を離すべきじゃなかった。今も忘れられない。彼女を幸せに出来なかったことを悔いている。彼女だけじゃない。きみも幸せに出来なかった」 「……俺は充分幸せですよ」 「……慰めてくれなくてもいいんだよ」 「慰めてる訳じゃないんです。本当に、俺は今すごく幸せですから。もう後悔するのは止めて下さい」 「リチャード……」 「こうして話が出来ただけで、もう俺には充分です。きっと母さんも喜んでくれてると思います」 「そうか……それなら良かった」 　ロード・ウィンボーンは泣き笑いのような表情で、ぎゅっとリチャードを抱き締めた。その時リチャードは、ロード・ウィンボーンの背丈を、自分がとっくに追い越してたのに気付いた。 ――ずっと見上げるように背が高いと思っていたこの人を、いつのまにか追い越していたなんて。 　リチャードは初めて彼を目にした時からの、年月の長さを今更ながらに感じていた。 「ポールから電話できみの名前を聞いた時は驚いたよ。まさか事件の担当官をきみが務めているなんて……どんな運命の悪戯なんだと思った。……でも、こうして再会出来て本当に良かった。いつかこうやって二人で話が出来る日が来ると信じて、ずっと待っていたんだ」 「……父さん」 　リチャードはこれまでの人生でずっと口にしたかった言葉を呟くと、ロード・ウィンボーンを力強く抱き締め返した。 　リチャードとロード・ウィンボーンが会議室から出ると、ドアの外で待っていたレイが「どうだった？」と心配そうに声を掛ける。 「うん、大丈夫。後でゆっくりレイにも話すから」 「分かった。……リチャード、良かったね」 　レイはまるで自分のことのように喜んだ様子で笑顔を浮かべる。それを側で見ていたロード・ウィンボーンはレイに「心配をかけました。あなただったんですね。リチャードに私が父親であると告げてくれたのは」と声を掛ける。 「あ、あの……余計なことをしました……よね？」 　レイは落ち着かない様子で、恥ずかしそうに俯く。 「いえ。余計なことどころか、あなたのお陰でこうしてリチャードと話せたんです。礼を言わなければ一生後悔しますよ。もうこれ以上、後悔するような人生は送りたくありませんからね。あなたのような人がリチャードの側にいてくれて、私も安心です」 　レイは、リチャードが一体どこまで自分たちの関係を話したのかが分からず、不安そうな表情で彼を見つめる。 　その視線に気付くと、リチャードは心配要らない、といった風に首を小さく横に振った。これは二人の間柄について、何も詳しい話はしていない、という意味だった。レイはホッとした表情で、ロード・ウィンボーンに微笑み返す。 「リチャードは、とっても優秀な人なんです。彼は今までに、何度も難事件を解決していて、警視総監である僕の叔父も彼がいてくれて良かった、ってその度に言ってます。そんな彼の側で、少しでも手助けができるのは、僕にとって何よりも代えがたい喜びなんです」 「そうですか。それを聞いてとても嬉しく思います。これからも彼を支えてやって下さい」 　ロード・ウィンボーンは手を差し出し、レイと握手を交わした。その瞬間、リチャードの目には、レイの横顔がとても誇らしげに輝いて映っていた。