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第16話
「あ、柴田さーん!こっちこっち!」
あの日、バーで会った時、サエはブラックのワンピースを一枚さらりと着ていて、ひどく大人っぽく見えたが、にこにこ顔で手を振っている彼女はTシャツにショートパンツで、彼女を年相応か、もしくは更に若々しく見せていた。一方的な約束に乗り気はしなかったが、柴田は少しだけ遊園地というものに興味を引かれている自分を見つけて、少し驚いていた。仕事が入れば断ることができるのにと思っていたが、週末真中が出張から帰ってくる予定で、呼び出しもなければ急ぎの仕事もないことは明白だった。遊園地の入口付近は、賑やかな音楽がかかっていて、街で見るより遥かに人々は晴れやかな笑顔で、軽やかな足取りで、柴田のことを追い越していく。それが皆同じゲートを潜って行くのだから、まるで魔法みたいだと、柴田はぼんやり考えた。
「あー、良かった。すぐ会えて!やっぱり休日人多いですね!」
「・・・そうだね」
太陽の下で見ると、サエは自分が若く美しくいることに、全く頓着がないみたいに見えて、柴田にはそれがひどく眩しかった。目を細めてサエのテンションの上がった声に相槌を打つと、後ろから肩をぐいと掴まれて、柴田はひっくり返りそうになって慌てて足を踏ん張った。
「おはよう、サエ」
「あー・・・おうさか」
柴田の後ろに立っている逢坂に、もうずっと前に気付いていたくせに、まるで今気付いたみたいなとぼけた動作でサエは逢坂の名前を呼んだ。柴田は肩を掴まれたまま、逢坂のことをそっと見上げた。ここに来る途中から機嫌は悪かったけれど、サエを目の前にして更に黒いオーラをまき散らしている。周りの皆の顔は晴れやかなのに、その中で逢坂だけが曇った表情をしている。
「なんで逢坂がいるの?私と柴田さんのデートなのに」
「お前、いい加減にしろって俺言ったよね?侑史くんは俺の恋人なの!勝手に誘うなよ!」
「お前ら喧嘩するなって。チケット買ってくるから」
にこやかだった表情に、皺を刻んでサエまでも嫌そうな顔をするのに、面倒臭くなって柴田はその場を離れてチケット売り場までやってきた。サエに強引に決められたといえども、流石にふたりで出かけるのはまずいだろうと思って、一応来る前に逢坂に確認を取った。勿論、逢坂ははじめはそんなところいかなくていいとサエなんて放っておけばいいと主張したけれど、遊園地自体に少し興味の沸きだした柴田は、サエが可哀想だからという理由で、逢坂を宥めた。どうしても行くなら俺も行くと、意味不明なことを逢坂が言い出した時はどうしようかと思ったけれど、後で色々言われるのも面倒だからと思って連れてきてしまった。サエには事前に断っておいたが、顔を合わせばこんなことになるだろうことは何となく予想がついていた。予想通り過ぎて、なんだか拍子抜けするくらいだ。考えながら柴田は3枚のチケットを持って振り返った。相変わらずふたりはそこで、けんけんと言い争っているのが、少し離れたところにいる柴田にも分かる。
(なんか全然想像できないけど、でもあいつら、付き合ってたんだよなぁ?何かもうちょっと仲良く、仲良くとまではいかなくても、できないもんか・・・)
考えながら柴田は、眩しさにまた思わず目を細める。たとえ言い争っていても、逢坂とサエはそうして少し離れたところから見ていたら、普通の大学生同士のカップルに見えた。サエは擦れ違う男が思わず振り向くくらいの美人だったし、逢坂もそれなりに整った容姿をしていたから、大学でもちょっとした有名なカップルだったのかもしれないなぁと、柴田はひとりで考えた。そんなことをはじめて考えた。自然だった、圧倒的に。この遊園地の楽しげな雰囲気にも音楽にも行きかう人々にも、全てに馴染んでいて、それは自然だった。あんまりにも自然すぎて、柴田は3枚のチケットを握ったまま、ふたりに声をかけることも忘れてそこに立ち尽くしていた。自分がその間に入ることを考えると、寒気すら感じた。
(異質なのは、俺だ)
思わず握ったチケットがくしゃりと歪んだ。
「あ、侑史くん」
ふっとサエから視線を反らした逢坂に目ざとく捕まって、柴田ははっとして笑顔を作った。そうして逢坂にチケットを差し出す。
「はい、これ」
「ありがとう、幾らだった?」
「いいよ、今日は奢り。サエちゃんも、ホラ」
「やったー!じゃあ行きましょ、はやく!」
わざとらしくサエははしゃいで、柴田の腕を掴んだ。後ろでまた眉間に皺を寄せる逢坂の反応を楽しんでいるのは分かったけれど、何となく良いように使われているような気がして、良い気がしなかったが、それに柴田まで渋い顔をすることは出来ずに、曖昧に笑って、勢いの良いサエについて行く。ゲートを潜ると中にも人は溢れていて、休日だからなのか家族連れが目立った。サエは入口で貰ったマップを広げて、行きたいところを指で辿っている。柴田も見てみたが、色々書き込まれていて、一見には分かりにくい。逢坂は元々遊園地を楽しむ気がないらしく、マップを貰ってすらいない。
「柴田さん、私乗りたい乗り物あるんだけど、それから行ってもいい?」
「あぁ、別に俺はどこでも」
「侑史くん大丈夫なの?お前好きなのあのがーって落ちるやつだろ、どうせ」
「うるさい、逢坂は黙ってて」
サエにそう冷たくあしらわれて、逢坂はますます表情を曇らせている。そのふたりの間に挟まれて、柴田は面倒くさいからと思って逢坂もつれてきたが、これでは余計面倒くさいことになっていると思って、自分の選択をこの日ばかりは恨んだ。
「ふたりは来たことあるんだな。俺、遊園地とかはじめて来たかも」
「あー、違うよ?別にふたりで行ったんじゃないよ。サークルの皆で一回来ただけ」
「はぁ?何言ってんの?来たことあるじゃん。忘れてんの?サイテー」
「ねぇよ、お前こそ別の男と勘違いしてるんだろ、どうせ!」
「ほんと、逢坂、そういうとこある。キライ」
「お前ら喧嘩するなって。ほんと」
顔を合わせてからずっとこの調子だが、疲れないのだろうかと、ふたりのやりとりを間に挟まって聞いているだけで、既に少し疲れてきた柴田は思った。しかしサエは今までの流れを無視してにこっと微笑むと、また思い出したように柴田の腕を掴んだ。
「ねぇ、柴田さん。ここのさ、近くで売ってるポップコーンが美味しいから買って良い?」
「勝手に買えよ、侑史くんはポップコーンとか食べられないの!俺の作ったものしか食べない人なの!っていうか腕離せよ、勝手に触んな」
「オイ、しずか。誤解を招く言い方やめろ」
「柴田さん、ポップコーン嫌いなの?」
「あー、別に嫌いじゃない。たぶんそんな量沢山じゃなきゃ食べられる、かな?」
「無理しなくていいって、侑史くん」
「じゃあ、買ってはんぶんこにしましょ、ね」
そうしてサエは首を傾げるようにして、にこっと笑った。
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