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第17話
サエに付き合って何個かアトラクションを回った頃、少しだけ目眩がして柴田は足を止めた。こんなに長い間日光のもとに晒されたのも久しぶりで、目の前がちかちかする。隣を歩いていた逢坂が、目ざとく柴田の変化に気付いて足を止めて振り返る。
「侑史くん、どうしたの?」
「・・・あー・・・悪い、ちょっと人に酔ったかも」
「え?大丈夫?休む?」
「大丈夫、ちょっとくらっとして・・・座っとくわ」
眉を下げて情けない顔をする逢坂相手に、大丈夫の意味も込めて手を振る。幸い近くにベンチがあったので、柴田はそこに腰を下ろした。丁度木陰になっていて、日の光が遮られていて柴田はほっとする。逢坂の後ろからサエも心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫ですか、柴田さん」
「あー、うん、大丈夫」
「水買ってこようか。侑史くんインドアのくせにこんなところ来るからだよ、休んだらもう帰ろうね」
「いいって、大丈夫。ちょっと休んだら戻るから。しずかとサエちゃんは俺のこと気にしないで、遊んできて」
ひらひらと手を動かすと、逢坂は眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。その理由が分からなくて、柴田は陽気に流れる音楽にただ耳を塞がれている。
「いいよ、俺ここにいる」
「何言ってんだ、しずか。折角来たのに、勿体ないだろ」
「だって侑史くんのことほっとけないし」
唇を尖らせて、逢坂は静かにそう言って柴田の隣に腰を下ろした。サエは逢坂のことを見て、それからすっと柴田に視線を移した。サエもどうしていいのか分からずに、困っているのが見て取れた。情けないのは痛いほど分かっているけれど、柴田もそれに気を回してやるだけの元気がない。
「しずか、ちょっとは言う事聞け。子どもじゃないんだから大丈夫だって」
「でも・・・」
「サエちゃん、しずかのこと連れってやってくれ」
「はーい、行こう、逢坂」
反論してくるかなと思ったけれど、サエは実に素直にそれを聞きいれて、座ったまま動かない逢坂の腕を取って引っ張った。逢坂も仕方なさそうにベンチから立ち上がる。そして困ったように柴田のほうを振り返った。柴田はそれに精一杯にこやかに笑って見せた。
「いってらっしゃい、楽しんでな」
逢坂の不安そうな顔はいつの間にか人の波に飲まれて、見えなくなった。柴田はようやくひとりになって、ほっと一息ついていた。久しぶりに長時間日の元に晒されて体も勿論疲れていたが、気疲れもしたなと思って、こっているような気がする肩に手をやった。それにしてもここに来てから喧嘩ばかりしていたサエと逢坂だったが、柴田が口添えしたのも大きかったが、サエに引っ張られて人ごみに消えていく逢坂はこの時ばかりは酷く素直だった。ふたりでどこに行くのだろう、何をするのだろう。柴田は逢坂と話をしている時、時々彼の言っていることが分からないことがあるけれど、サエにはきっとそんなことはなくて、ふたりで笑って同じ時間を共有することなんて容易い。ふたりだったらどこへでも行けるし何でもできる。それは余りにも自由で、そして自然だと思った。ふたりで歩いて立って、振り返って見る人はいないだろう。後ろ指さされることもないだろう。この後の未来のことを、きっと想像して楽しい気持ちになるだろう。それが自然だということだ。
(あー・・・なんか、虚しい)
虚しい。空は青くて、行きかう人々は生き生きとした表情をしていて、その足取りは軽くて、頭上では陽気な音楽が鳴り響いている。こんなにも楽しい雰囲気の中で、青白い顔をしてひとりでベンチに座っている柴田は、考えながら涙が出るかと思った。虚しかった、こんなに沢山の人がいるのに、自分がひとりでいることがこんなにも、こんなにも虚しいことなのだと感じたことはなかった。
眩暈もおさまってきて、買ってきた水を飲んでいると、不意に肩をぽんぽんと叩かれた。
「え?」
振り向くと、いつからそこにいたのか、サエがにこにこ笑いながら立っていた。そして柴田の声を遮るみたいにベンチをぐるりと回って、柴田の隣にぽんと座った。ちらりと辺りを見回したが、逢坂の姿はどこにもない。サエは買って来たらしいポップコーンを柴田の目の前に突きだした。甘い匂いがふわっと鼻を擽る。食欲は沸かないにしても、気分は悪くなかった。
「ポップコーン、食べます?」
「・・・あ、あぁ、ありがとう」
にこっと笑って、サエはどうぞと更に柴田の胸にポップコーンの容器を押し当てるようにした。柴田は他に聞きたいことが沢山あるような気がしたが、サエの強引さに押されて、黄色のポップコーンを何個か掴んで口に入れた。淹れた瞬間水分を奪っていって、代わりにふわっと甘い匂いが口いっぱいに広がった。ポップコーンってこんな食べ物だったかなぁと柴田はぼんやり考えた。
「美味しいですか?」
「あぁ、うん。甘いね」
「うん、これキャラメル味だから甘いんです」
言いながらサエはふふふと笑って、柴田より沢山のポップコーンを掴むと口に入れた。不思議だった。サエが隣に座ってポップコーンを食べているのも、そもそもこんなところに一緒に来ているのも、不思議だったけれど、それをサエに直接聞くのは何だか怖いような気がしたし、またあんな風にはぐらかされて結局聞きたいことは何も聞けないのではないだろうかと、柴田は思っていた。
「逢坂のこと、まいてきちゃった」
「・・・え?」
「ふふ、今頃探してるかな?探さないかもね、面倒臭くて!」
「サエちゃん」
名前を呼ぶとサエは、柴田の方を見て首を竦めた。まるで悪戯が見つかった子どもみたいな仕草だなと思った。木陰にいるのにサエはまるで彼女自身が発光しているみたいに眩しくて、でもそれがこの異空間にはよく似合っている気がした。
「いい加減、本当のことを教えてくれないかな」
「・・・―――」
サエは黙って柴田の目を見ると、またふふふと含み笑いを漏らした。
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