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第20話

「侑史くん、べちゃべちゃになっちゃったじゃん、このTシャツ気に入ってたのに」 「新しい奴買ってやるよ、また」 「いいよ、別にそう言う意味じゃない」 「どういう意味だよ」 はははと柴田は肩を揺らして笑った。逢坂のお気に入りのTシャツを引っ張ってキスをしたら、逢坂は何かがぷつんと切れたみたいに、そのままバスルームで柴田のことを押し倒した。別段柴田はそれでも良かったし、ほとんどそのつもりだったけれど、思ったより背中が痛くて、ベッドがいいと要求すると、逢坂は素直にそれを聞き入れてくれた。セフレの時はそんなのはお構いなしだったのに、何だか不思議なやりとりをしている気がして、柴田は聞き分けの良い恋人の頭を撫でてぎゅっと抱きしめてやった。何だか妙に恥ずかしかった。逢坂に見られているのも、触られているのも、恥ずかしかったけれど、何だか気持ちが良かった。逢坂は全裸の柴田をバスルームから引っ張って寝室に連れてくると、柴田が掴んで引っ張ったせいで濡れたTシャツを脱いで、ベッドの下に落とした。その性急な動作に、火がついているのはどっちだと笑いたくなる。 「なんか久しぶりにする気がする・・・」 「そうだっけ?お前の久しぶり当てになんない」 逢坂の手が柴田の頬を包むみたいに撫でて、それがいつものように少し冷えていたから、柴田は安心した。いつも通りだと変わっていないと分かると安心する。少し顔の向きを変えて手のひらにキスをすると、逢坂の腕の筋肉がびくりと動いたような気がした。 「ほんとに最後までしていいの、侑史くん」 「今更だな、しずか。前はそんなの聞かなかったし、次の日仕事でもお構いなしだったのに」 「前は前!今は今なの!俺だってそういうこと考えてるんだからね、一応」 「はいはい、一応、ね」 「だからぁ」 不服そうに逢坂が眉間に皺を寄せるのに、柴田はベッドに横たわったままはははと笑い声を漏らした。 「いいって。お前の好きにしていいよ」 「・・・ほんと、疲れてる時頭のネジ絶対跳んでるよね」 「失礼だな、お前は」 「褒めてるんだよ、えろくていい、好き」 逢坂が唇にキスをして、柴田の目の前の闇はまた一層深くなったような気がした。その唇がするする下がって、柴田の痩せた首に浮いて見える喉仏を舐めた。逢坂が自分のそういう痩せて骨ばかり浮いているところが好きなのを、柴田は何となく知っている。そんなところ幾ら舐めたって、気持ち良くならないのに、逢坂の唇は、今度は鎖骨をうろうろしている。 「侑史くん、どきどきしてる」 「・・・ん?」 「心臓の音聞こえる、うるさい」 言いながら逢坂はふふふと笑って、柴田の胸の突起を口に含んだ。やっと与えられた直接的な快楽に、びくりと体が震えた。欲しかったのはこれ、いやこれじゃないと頭の中で誰かが言う。煩い誰かの声を振り払うみたいに、柴田は逢坂の肩を掴んだ。 「んっ、はぁ」 「きもちい?侑史くん好きだよね、乳首」 「ん・・・すき」 茹だった頭で返事をすると、逢坂がきょとんとして動きを止めた。 「・・・今のは乳首が好きってこと?それとも俺のこと好きってこと?」 「今聞くなよ、そんなこと・・・」 「だって侑史くん、スキとか言ってくれたことないじゃん」 不服そうに逢坂は唇を尖らせたが、柴田も何となくその自覚はあったから、それと直面させられるのは嫌だった。逢坂の肩を押して続きを促すと、逢坂は恨めしそうな目を柴田に向けたまま、べろりと勃ち上がって震えている柴田の左の乳首を舐めた。肩を掴んでいる柴田の指が食い込んで、ちゃんとそれは柴田の気持ちが良い回路と繋がっているのだろうと思う。右は指の先で摘まむと、柴田の薄っぺらい体が逢坂の下で跳ねた。わざと唾液を飲み込まないように口に含んで、ぐちゅりと音を立てる。 「あっ、う・・・し、ず」 「なに?きもちい?」 「あ、あっ、ん。もう、いい・・・」 「もういいの?まだ欲しそうに勃ってるけど」 ピンク色に染まったそれは上を向いてひくひくと震えている。それを指の腹で押しつぶすようにすると、柴田は目を見開いて小さく声を上げた。 「あ、あぁっ、や、もう」 「んー、もうちょっと触りたい。触らせて」 「や、だ、ぁ、そこ、ばっか」 「そんなに焦んないで、侑史くん。久しぶりなんだから、ゆっくりやろうよ」 肩から降りた手が、逢坂の腕を恨めしそうに掴む。既に息の上がっている柴田に比べて、そうして微笑む逢坂は酷く余裕があるように見えた。けれどセックスをする時に基本的に受け身の柴田は、逢坂の息を上げる方法も、余裕を奪う方法も知らない。 「もう、いいって・・・はやく欲しい、はやく、挿れて」 「・・・侑史くん、あんまり即物的なのは、よくないよ」 困った顔を逢坂はしたけれど、何となくその時柴田はできるだけ逢坂とくっ付いていたかったし、もっと体温を感じていたかった。逢坂は疲れている時に柴田はそういう欲求が高まると思っているみたいだったが、単純に柴田は不安だったのだ。 (しずかがそこにいることが、俺の日常になるのは何となく怖い) (しずかはきっと、俺以外の誰かを好きになる日が来るから) 逢坂の顔を包んで、自分の方に引き寄せるようにすると、逢坂は柴田のしたいことをちゃんと分かって、唇にキスをしてくれた。目を瞑ると当たり前だが闇が深くなって、柴田は別のことを考えるのはやめようと思った。目を開けると思ったより逢坂の顔は近くにあって、逢坂は黙って柴田の目を覗き込むようにすると、角度を変えてまたキスをした。逢坂ともっとくっ付いていたいのに、あんまり覗き込まれると考えていることが見透かされそうで怖かった。別のことを考えていることを、逢坂だけには知られたくなかった。柴田は逢坂より年上だったから、しっかりしていなければいけなかったし、余裕があるフリもしたかったし、格好もつけたかった。そんなこと無意味でも、柴田はそれをやめることが出来ない。 (こんなにだらしなく欲しがってたら、格好なんかつかないけど) 分かっているけれど。考えながら柴田は逢坂の肩を掴んだ指に力を入れた。目を瞑ってから、サエもいつかこんな風に逢坂に掴まって目を閉じていたりしたのだろうかとふと思った。

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