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第21話
ぴちゃりと水音が響いて、柴田は息を吸っていないことを思い出した。
「は、あ、あっ」
「大丈夫?侑史くん、息ちゃんとしててね」
首を動かして頷いたけれど、それが逢坂に見えているかどうか、分からなかった。柴田の呼吸のタイミングとテンポで、逢坂は柴田がちゃんと呼吸できていないことを、簡単に悟って先回りするみたいにそういう事を言った。後ろの孔に指を入れられると、何だかいつもよりそこが締まっていて、逢坂の指を拒否しているみたいだった。やはり逢坂の言うとおり、暫く使っていなかったのだろうか、茹だった頭で考える。最後にしたのはいつだろう、あんまりうまく思い出せない。
「し、ず」
「なに、だいじょぶ?」
「い、いたい・・・」
「え?ほんと?まだ二本しか入れてないんだけど・・・」
ずるっと中から異物が引き抜かれて、柴田は体がようやく解放されたのを感じた。息を吐いて、息を吸って、枕を握りしめる。今までこんなに痛かったことがないのではないかと思うほど、柴田の体は逢坂の指を中々受け入れる様子がなかった。
「侑史くん、やっぱ今日止めといたほうが良いんじゃない?何かもうちょっと余裕のある時にしようよ」
「・・・そうだな・・・」
「うん、やっぱり今日疲れてるんだって、早く寝よう」
逢坂に緩やかに頬を撫でられて、柴田は直接的な快楽が得られなかったせいで、じりじりと自分の中で燻っているものの正体について考えた。逢坂が指からゴムを外して、ゴミ箱に入れるのを、枕に顔を半分押し当てるようにして見ていた。
「しずか、お前、勃ってる」
バスルームから連れて来られた柴田は全裸だったが、逢坂はまだパンツを履いていた。カーゴパンツのポケットの布に指を引っ掻けて、柴田が引っ張ると、逢坂は柴田の方をちらっと見てから、また視線を反らすように部屋の奥に顔を向けた。
「あー・・・うん、俺はへーき」
「・・・してやろうか」
枕に半分顔を隠したまま、柴田はそう言った。部屋の奥を向いていた逢坂は、吃驚したように振り返って柴田のことを見た。なんだか小動物みたいな動きに見えて、逢坂は柴田より体格が良かったから、何となくいつも大型犬を連想させるけれど、その時ばかりは小動物みたいに見えて、柴田はひっそり笑った。逢坂は柴田が笑っているのに、何故か眉を顰めて少しだけ嫌そうな顔をした。
「いいよー、侑史くん潔癖なんだから無理しないで」
「ケッペキじゃねぇよ、別に。どうすんの?お前いつもどうしてるっけ?」
「・・・やー・・・」
困ったように逢坂が手で顔を覆って、一瞬考える間があった。
「じゃあ、仰向けんなって」
「仰向け?」
枕から顔を離して、柴田はうつ伏せだった体をごろんと仰向けにした。ベッドに座っていた逢坂は、カーゴパンツを脱いで、下着も脱いで、柴田にもう一度覆い被さった。そして頭をもたげている自分の性器と、柴田のそれを合わせると一緒に握って擦り合わせるように手を動かした。
「あ、しず、まっ・・・」
「こっちのが、いいでしょ、ゆうしくんも、きもちいし」
「あ、やっ、んんっ」
「はは、勃ってきた、よ、侑史くんの」
ずるずると先走りで滑る性器を合わせて、逢坂は腰を揺らしながらそう言って笑った。ちゃんと相手が気持ち良くなっているのが分かるから、男同士は嘘がつけなくていいなぁとそういう折にバイの逢坂はひとりで思ったりしている。先刻与えられそうで与えられなかった直接的な快楽が、柴田の弱いところを的確に揺さぶって、確かにそれは気持ちが良かったけれど。
「あー・・・でも、だめ、だな、これ」
「あっ、あっ、や、ん」
「挿れたく、なる、なぁ・・・」
「んん、あっ、しず、」
名前を呼んで、柴田の逢坂の肩を掴んだ手の指が形を変える。強く擦ってやると柴田の体は面白いくらいびくびくっと跳ねて、間違いではなかったのを悟る。柴田とは何度もセックスをしたから、弱いところも好きなところも知っている。体を折って、赤く染まった耳を舐めると、それを嫌がるように柴田は首を振った。本当は好きなのにちゃんとそれを伝えられないところは柴田らしいと思った。耳の穴に舌をやや強引に捻じ込むと、掴んでいた逢坂の肩からずるりと柴田の手が滑った。
「や、めっ、あっ、う」
「みみ、好きで、しょ、侑史くん」
笑うと、柴田は薄く目を開けて、逢坂のほうを見て何か言おうと口を開けたけれど、結局そこからは短い音しか漏れなかった。柴田の肉付きの薄い太ももの内側の肉が痙攣するみたいに震えて、逢坂はまた柴田のそれを握りこんだまま、強く擦った。
「あっ、んっ、も、・・・・だめ、」
「イ、きそ?ん、・・・ゆうしくん、良い顔、してる」
上体を狭いスペースで捻って、柴田はどこかに逃げたいみたいにするけれど、逢坂の下からはピクリとも動けないでいる。余裕のない柴田の顔は、もっとと逢坂を煽っているようにも見えるし、もう駄目と限界を伝えているようにも見えた。逢坂はその顔が好きで、柴田がもう限界になる段になって、もう少し見ていたいからと、わざと焦らしたりすることもあった。
「ば、か。んんっ、ぁっ・・・見る、な、よ」
「はは、んっ、無理、だよ」
腕で顔を隠す柴田の手を引っ張ろうかと思ったけれど、逢坂はそのまま柴田と自分の性器を握りこんだまま、緩々と腰を動かした。
「ね、侑史くん、かお、見せて、よ、みたい」
「・・・お、まえ、ほん、とに・・・あっ」
引っ張って無理矢理引きはがさなくても、そうして甘えた声を出して、柴田にすり寄ると、柴田はまるでペットに甘えられた飼い主みたいに仕方がない顔をして、逢坂のそれに応えるのだ。逢坂はそれを知っている。いつも青白い顔をしている柴田も、この時ばかりは頬を赤く上気させて、その唇から赤い舌を覗かせて、逢坂にキスを強請ったりするのだ。逢坂はそれを知っている。
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