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第六章・5
かすかに、触れ合った唇。
時が止まったようだった。
固まって動けない慎也の唇を、果物と一緒に悠は食べた。
甘い甘い、その唇。
逃げられないよう、果肉は慎也の口の中へ押し入れられた。
それと同時に、悠の舌も。
キス。
これが、キスか。
慎也が果肉を飲み込むと、悠の舌もまた去って行った。
「えへへ。やっちゃった」
「お前は……」
「あれ? 慎也さん、照れてるの?」
「そういうわけでは、ない」
そういうわけではないが……。
(キス、というのも、悪くない)
何より、その相手が悠だということが、いい。
(何だろう。この感情は)
極道の家に生まれ、これまで生きてきた。
少年時代は、その家庭環境のせいでずっと孤独だった。
すり寄ってくる不良はいたが、誰も傍には置かなかった。
恋なんて。
愛なんて。
知ることもなく、知りたくもなかったはずなのに。
気づくと、悠が心配そうにこちらを見ている。
「ごめん。傷ついた?」
「いや」
きっと恋愛に関しては、この少年の方が一枚も二枚も上手(うわて)なのだ。
慎也は、指でそっと唇に触れた。
少し、痺れている心地がした。
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